| 年 | 楽団の歴史 | 楽壇と世界の出来事 |
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| 1911年 | 3月18日、名古屋の「いとう呉服店」(現松坂屋)」が少年音楽隊を結成し、翌日から沼泰三の始動で練習を開始。4月1日に初演奏。1913年には弦楽器を導入するも、ブラスバンドが主体であった。1926年に楽長に就任した前海軍軍楽隊隊長の早川弥左衛門が弦楽器を積極的に取り入れ、本格的なシンフォニー活動を開始する。 |
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| 1924年 | 名古屋で開催された第1回選抜高等学校野球大会(センバツ)の開会式演奏。第2回から甲子園に移ってからも担当し、東京に移る第15回大会まで活躍を続ける。 |
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| 1925年 | 松坂屋少年音楽隊に改称。1929年からは名古屋交響楽団を併称する。 |
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| 1932年 | 松坂屋管弦楽団に改称。この頃から東京での活動が多くなる。1935年に松坂屋シンフォニーに改称する。 |
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| 1938年 | 12月に本拠地を東京に移し、中央交響楽団に改称。 | |
| 1940年 | ドイツ楽壇の第一線級で活躍していたマンフレート・グルリットが初代常任指揮者に就任。この頃から日本はオペラが盛んになり、多くの日本初演を務める。1941年6月30日に東京交響楽団に改称。 | |
| 1944年 | 戦火により東京交響楽団第33回定期演奏会を最後に、定期公演を中止。翌年3月10日には東京大空襲により練習所が全焼し、楽器、楽譜等の一切を焼失。活動不可能になり翌年7月に解散を余儀なくされる。 | |
| 1945年 | 9月21日 東京都音楽団が結成され、元東京交響楽団員を中心に管弦楽部(東京都フィルハーモニー管弦楽団)が構成されるが、翌年7月17日に音楽団が解散。楽員の大多数が「東京フィルハーモニー管弦楽団」の名で活動を続けるとともに、ほぼ全員がアーニー・パイル交響楽団に入団する。 |
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| 1948年 | アーニー・パイル交響楽団が前年に解散し、これまでの雇用者による安定した体制から楽員主体の自主運営オーケストラとして新たな道を歩み始め、4月20日、東京フィルハーモニー交響楽団として第1回定期演奏会を開催。11月にはNHKと放送出演契約を結ぶ。 |
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| 年 | 楽団の歴史 | 楽壇と世界の出来事 |
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| 1952年 | 財団法人東京フィルハーモニー交響楽団(以下、東京フィル)が認可される(12月1日)。 |
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| 1969年 | (前年に来日したベトナム中央歌舞団の伴奏のため、オーケストラが臨時編成される。それに参加していた音楽大学生を中心に新楽団設立の気運が高まり、6月26日に新星日本交響楽団が設立された。10月2日には第1回定期演奏会を開催。以後、積極的に日本人作品を取り上げ、多くのオペラ公演にも取り組む。) |
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| 1973年 | 初の海外公演。香港、フィリピン、シンガポール、マレーシアを訪問。同年、文化庁の助成を受けることになり、定期演奏会の赤字が改善し始める。 |
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| 1981年 | (財団法人新星日本交響楽団(以下、新星日響)が認可される。山田一雄が名誉指揮者に就任。) | |
| 1982年 |
ソニー株式会社会長の盛田昭夫氏が東京フィル会長に就任。7月には楽団の社会文化発展への寄与が認められ、特定公益増進法人に指定される。 (新星日響、黒柳徹子原作・小森昭宏作曲の音楽物語「窓ぎわのトットちゃん」を初演。大反響を呼び全国各地で再演された。それを契機に全国各地の「親子コンサート」や「音楽鑑賞教室」演奏に積極的に取り組み、聴衆と地域に根ざした演奏活動にも傾注した。) |
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| 1984年 | 第1回ヨーロッパ演奏旅行を実施。フィンランド、ドイツ、フランス、イタリア、オーストリア、チェコを訪問。 |
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| 1989年 | Bunkamuraオーチャードホールと日本で初めてのフランチャイズ契約を締結。同年、第2回ヨーロッパ演奏旅行を実施。ドイツ、スイス、オーストリア、ベルギー、オランダ、フランス、イギリスを訪問。 |
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| 年 | 楽団の歴史 | 楽壇と世界の出来事 |
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| 1990年 |
千葉市と事業提携を締結。 (新星日響、第1回ヨーロッパ公演を実施。スペイン、オーストリア、ドイツを訪問。) |
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| 1994年 |
第3回ヨーロッパ演奏旅行を実施。ドイツ、ベルギー、イギリスを訪問。 (新星日響、和光市と事業提携を締結。) |
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| 1995年 | (新星日響、第2回ヨーロッパ公演を実施。チェコ、スロヴァキア、スペイン、ドイツ、イギリス、ルクセンブルクを訪問。) | |
| 1996年 | 新国立劇場開館に伴い、同劇場の中心的レギュラーオーケストラとして、隣接する「東京オペラシティ」に事務局、練習場を移す。 |
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| 1999年 |
ソニー株式会社会長の大賀典雄氏が東京フィル会長・理事長に就任。 (女優でユニセフ親善大使の黒柳徹子氏が新星日響理事長に就任。) |
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| 2000年 | (新星日響、文京区と事業提携を締結。) | |
| 2001年 | 更なる飛躍を目指し、新星日響と合併。同時に、21世紀を代表する世界的指揮者の一人、チョン・ミョンフンがスペシャル・アーティスティック・アドヴァイザーに就任する。 |
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| 2003年 | アジアツアーを実施。シンガポールと韓国を訪問。 | |
| 2004年 | 軽井沢町と事業提携を締結。 | |
| 2005年 | 第7回「上海国際芸術祭」にアジア代表として招待され、中国、韓国で7公演を開催。 |
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| 2010年 | ベルリン国立歌劇場やメトロポリタン歌劇場をはじめ、世界の楽壇で活躍するダン・エッティンガーが常任指揮者に就任。劇場とシンフォニー・コンサートの両輪で活躍する東京フィルの伝統を継承し、新たな創造と芸術的高みをめざし、新時代へと展開する。 |
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| 2011年 | 楽団創立100周年を迎える。 |
※カッコ内は新星日本交響楽団の出来事。
※当団以外の楽団名は現在の名称を用いております。