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2015年8月18日(火)

指揮者アンドレア・バッティストーニ インタビュー | 『第九』特別演奏会

 東京フィルの首席客演指揮者、アンドレア・バッティストーニは、天才の呼び声が高いだけあって、この夏も超多忙な日々をすごしていた。若きマエストロの生まれ故郷、北イタリアのヴェローナでのオペラ公演を終えた翌朝、いよいよ年末に指揮するベートーヴェンの第九交響曲への抱負についてインタビューした。


インタビュー・文=香原斗志(音楽ジャーナリスト)



香原
 さて、12月にはベートーヴェンの第九交響曲の演奏会が待っていますが、これまでに第九を演奏された経験はどのくらいあるのですか?

バッティストーニ
 第九はベートーヴェンの交響曲としては、これまでに僕が指揮したことのないただひとつのもので、東京での演奏がデビューになります。ベートーヴェンのほかの交響曲は何度も指揮していますし、第九も5、6回は依頼を受けたでしょうか。ところが、いつも実現しないんです。多くの劇場において、お金がなくて演奏会を開けなくなったり、ほかの指揮者が指揮することになったり。または、僕に指揮を依頼しておきながらギャラで折り合えなかったり。自分は第九交響曲を指揮すべきじゃないのではないかと思いはじめました。これは第九の呪いじゃないかと。きっとベートーヴェンは、僕が第九を指揮することを望んでいなんじゃないかとすら思いましたよ(笑)。そうしたら、東京フィルハーモニー交響楽団から依頼がありまして、「はい、いいですよ、演奏会が流れないように願いましょう」と(笑)。

香原
 第九交響曲という作品を、どのようにとらえていますか?

バッティストーニ
 第九は僕にとって、演奏するのにとても興味がある交響曲ですが、ただし、僕はこの曲は完全に常軌を逸していると思っています。僕はカラヤンが解釈したように、あるいは、過去のロマンティックなアプローチがそうであったようには、ベートーヴェンの音楽を解釈しません。そのような解釈、すなわちテンポや響きを重く保つ演奏では、ベートーヴェンを完全に再現することはできないと思うんです。むしろ、この作曲家の魅力は跳躍やスピード感、刺激的な響きにあると僕は確信しています。 ベートーヴェンをそのように演奏すると、時に醜くなります。それは第九において特にそうですね。なにしろ、第九の総譜は完全に常軌を逸していますから。交響曲のなかにとても劇的で、強い苦悩が表され、かつ重要なメッセージを含んだ合唱が置かれ、それがまったく均一ではない3つの楽章のあとに現れる。大変な冒険をしていますよね。したがって、この作品のゆがんだところを明らかにするのがおもしろいのです。これまで誰もそうしようとはせず、洗練され、安定した、伝統的な様式のなかに楽曲を飼い慣らしてきました。でも、僕に言わせれば、この作品特有の奇妙さを追い求めることこそがむしろ必要で、その奇妙さこそ、まったく新しく提示されるもので、初めて聴く人に強い印象を残すに違いないのです。

香原
 イタリア人であり、オペラの国の指揮者であるあなたにとって、ベートーヴェンはどんな存在なのですか?

バッティストーニ
 ベートーヴェンはこの世に生きた最も偉大な音楽家で、ベートーヴェンがいなければ何もなく、世界はいまのようではなかった、というほどの人です。ベートーヴェンはそれ以前の音楽、芸術一般とはまったく異なった道を切り開き、芸術を通して個人主義を追い求めた。そうした芸術の方向性はベートーヴェンが教えたものです。ですから、ベートーヴェンが私たちの芸術の起源であることを学ぶ必要があります。 とりわけ第九交響曲は、指揮者にとって土台になるものです。ベートーヴェンは実に根本的な作曲家で、彼が書いた交響曲はエネルギッシュで、カンタービレにあふれ、表現力に富んでいるから、イタリア人指揮者にとっても演奏するのがとても自然なのです。たとえば、トスカニーニもベートーヴェンを指揮しましたが、僕から見てとても興味深い。フルトヴェングラーのようなロマン主義や哲学性を強調する演奏が主流であった時代に、トスカニーニだけは、ベートーヴェンを指揮する際に官能性に重きを置いていました。それがイタリア人の僕にはとても興味深く、ベートーヴェンはこう演奏しうるという教えになっています。

香原
 ベートーヴェンを演奏する難しさは、どのあたりにあるのでしょうか?

バッティストーニ
 ベートーヴェンを学ぶのは困難ではありませんが、演奏するには非常な緊張を強いられます。ベートーヴェンの音楽は演奏するのがとても難しく、優れた指揮をするのはさらに難しい。と言うのは、ベートーヴェン自身が曲を書いては消し、また書き直し、それを何度も繰り返してやっとのことで書き上げたのと同じ努力が、指揮者にも求められるからです。彼の総譜を前にして、僕たちも同じことをしなければならないのです。総譜を学ぶ際、僕らはそのなかに入っていこうとしますが、ベートーヴェンの総譜の場合、まさに神に導かれるようにして過激な場所にたどり着く。音楽が過激だからです。それは僕に言わせれば、カラヤンのCDなどで聴ける完璧な音楽とは異なる、これまで演奏されたことがない姿です。実はベートーヴェンには、作曲家として大きな欠陥があるのですが、この欠陥こそが、ベートーヴェンを天才たらしめているのです。 オーケストレーションは、時にモダン楽器にとって奇妙だし、アーティキュレーションも時に巨大になる。また思いがけないアクセントは、ハーモニーというよりは、僕的には不調和ですが、奇跡的なことに、そんな不調和をも一緒にスケッチするなかで、彼の代表作が生まれたのです。この不調和の要素は隠されるべきではなく、むしろ強調される必要があります。隠してしまえば、ベートーヴェンの半分は失われてしまう。一方、強調すれば、ベートーヴェンはいまの時代になお生命を得て、今日においてさえ、きわめてモダンな作曲家になるのです。第九交響曲のフィナーレの滑り出しなど、何年も昔に書かれたのにすごくモダンです。だから、思いがけないアクセントを隠してはいけないのです。 僕は、ベートーヴェンの他律性(理性よりも感性に従う、という意味)に従うことが、この作曲家に近づく道で、それが正しい効果的な方法であると確信しています。また、僕たちが慣れてきたロマン主義的な伝統的演奏にくらべて、テンポも速くあるべきです。現在、オーケストラが演奏する楽曲の大半は、前進的に表現するという考え方が主流になっています。それは寛いだもの、快適なものを求めるよりも、常に前向きで未来的であろうとする姿勢で、そのことこそ重要なのです。こうしたテンポに従うと、第九は第3楽章までもテンポが遅すぎてはいけない。とにかく滑らかに進まなければなりません。そうすれば演奏は重たくならず、むしろ軽くなります。結局は、あまりドイツ的ではなくなるんですね(笑)。

香原
 ところで、日本では12月に、どのオーケストラもこぞって第九を演奏する習慣があるのをご存じですか?

バッティストーニ
 そのようですね。その手の習慣はほかの都市にもあって、「フェスタ(お祭り)」と呼ばれたりしますが、日本における第九交響曲は、まさに大いなる「フェスタ」ですね。シラーが書いた歌詞のメッセージはとても深く、美しく、この音楽のなかに調和しているから、「フェスタ」に相応しいかもしれません。それから、東京で第九同士の“戦い”が繰り広げられ、僕もそれに参加し、異なったアプローチの演奏をそれぞれ聴いてみるというのは、第九をめぐる一種の国際シンポジウムに参加するみたいで、奇妙でもあり、興味深くもありますね。

香原
 あなたがその「フェスタ」に率いて参加する東京フィルハーモニーは、どんなオーケストラでしょうか?

バッティストーニ
 どんなオーケストラにも演奏における個性がありますが、東京フィルハーモニーは、土台となる演奏技術が高く、かつ非常に芸術的で、とりわけ最初のリハーサルにおいて準備が万端である点は、世界中の数多くのオーケストラにもなかなか見いだせない水準です。ですから、このオーケストラで第九の“戦い”に参加できるのは、うれしくて、刺激的で、好奇心が湧きます。

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香原斗志(かはら・とし/音楽ジャーナリスト)


イタリア・オペラをはじめとする声楽作品を中心に取材および評論活動をし、音楽専門誌や公演プログラムなどに記事を執筆。声や歌唱表現の評価に定評がある。日本ミュージックペンクラブ会員。
著書に『イタリアを旅する会話』。



ベートーヴェン『第九』特別演奏会


アンドレア・バッティストーニ
12月18日 [金] 19:00 開演(18:30 開場)
東京オペラシティ コンサートホール
12月19日[土] 14:00 開演(13:30 開場)【残席わずか】
サントリーホール 大ホール
12月20日[日] 15:00 開演(14:30 開場)【残席わずか】
Bunkamura オーチャードホール

指揮:アンドレア・バッティストーニ

ベートーヴェン/序曲『レオノーレ』第3番
ベートーヴェン/交響曲第9番 ニ短調『合唱付』 作品125

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