ホーム > インフォメーション > チョン&バッティストーニ2大マエストロ、この夏も各地で絶賛!演奏会形式オペラに高まる期待!

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2016年7月14日(木)

 今年の東京フィルのシーズンのハイライトといえば、演奏会形式による2つのオペラ、プッチーニの『蝶々夫人』(7月定期演奏会)とマスカーニの『イリス(あやめ)』(10月定期演奏会)だろう。いずれもイタリア人作曲家によるジャポニスム・オペラで、イタリアと日本の国交150周年にちなんだ演目だ。だがそれ以上に、各演目を振るマエストロ、チョン・ミョンフンアンドレア・バッティストーニの念願の演目でもある。バッティストーニは以前から『イリス(あやめ)』をやりたいと明言していたし、チョンの『蝶々夫人』といえば、2002年に藤原歌劇団に客演した時の名演が語り草になっている。彼が本作にどれほど惚れ込んでいるかは、本サイトのインタビューでもご覧になれる通りだ。
 2人はともに、世界のオペラ界の第一線で活躍を続けている。この夏も、2人が振る公演は各地で絶賛された。2人のマエストロによる3つの公演の模様をお届けしたい。

(取材・文=加藤浩子)




桂冠名誉指揮者
チョン・ミョンフン

バッティストーニよりおよそ4半世紀、24歳年長のチョン・ミョンフンは、早くから世界のオペラ界でキャリアを重ねている指揮者であることは周知の通りである。30代の若さでフィレンツェやパリなど世界の大劇場のポストを任され、つい先頃(2013年)も、フェニーチェ歌劇場と来日公演を行って絶賛を博した。


 幅広いレパートリーを持つチョンが、特別な愛を抱いている作品のひとつが、ヴェルディの『シモン・ボッカネグラ』。本作は「ヴェルディ・オペラのなかでもっとも好きな作品」だというチョンは、メトロポリタン歌劇場、ウィーン国立歌劇場など重要な歌劇場にこの作品でデビューしている。筆者は2011年の5月、彼が『シモン』を振ってウィーン国立歌劇場にデビューした公演を聴いたが、劇性と歌心の見事なバランス感覚に心を奪われた覚えがある。チョンは、一見地味な音楽に埋もれている、美しく潔い旋律の鉱脈を掘り出し、時に天国的な美しさで提示してくれたのだった。




熱狂的な拍手に包まれるスカラ座

 この6月から7月にかけて、チョンは、名門スカラ座での『シモン・ボッカネグラ』の指揮を任された。歌手はダブルキャストで、タイトルロールはイタリアの人間国宝的バリトンのレオ・ヌッチと、近年バリトンの役柄に軸足を移している伝説的名歌手プラシド・ドミンゴという鉄板の2人。当然、開幕前の話題は2人が中心だったが、蓋を開けてみるとチョンの指揮にも賞賛が殺到した。スカラ座での彼の『シモン』は、ウィーンで聴いた時よりも暗めの音色で、より内面的で格調高い音楽作り。渋いゴブラン織りのようだが、5年の間に彼の解釈がそれだけ掘り下げられたということだろう。一方でその合間に見え隠れするさまざまな「愛」〜親子の愛や平和への愛〜が歌われる時の色調はより繊細に、伸びやかになり、重厚な部分とのコントラストがいっそう際立って、混乱した世の中で理想を追い求める主人公の思いが明確になった気がした。 チョンにとって主人公のシモンは「ヴェルディが創造したなかでもっとも魅力的な人物」だそうだが(筆者もかなり同感である)、チョンが本作で作り上げた多面的な音楽が、まさに「シモン」という人物そのものであり、チョンの彼への共感のように思えた。


 筆者が観劇した日の主役はヌッチ。彼もまた本作を愛して止まず、「歌うたびに新しい面を発見する難しいオペラ」だと言う。ヌッチの演唱にもまた、シモンという人物への深い共感が感じられた。終演後、緞帳前に出てきた2人に対して熱狂的なカーテンコールが繰り返されたのは、冷めた反応が多い近年のスカラ座にしてはとても珍しい体験だったのである。





首席客演指揮者
アンドレア・バッティストーニ

 バッティストーニの母国イタリアにおける重要な活動の拠点となっているのが、ジェノヴァのカルロ・フェリーチェ歌劇場。19世紀に創設され、マリア・カラスからマリエッラ・デヴィーアまで名歌手たちが出演しているイタリアの名門歌劇場のひとつだ。1991年に開場した現在の建物はイタリアの劇場には珍しくモダンで、抜群の音響を誇る。
 バッティストーニがここで6月に指揮したのは、2015-16シーズンを締めくくる演目であるヴェルディの『運命の力』。スペインを舞台にした復讐劇に、ヴェルディが当時試行錯誤していたグランド・オペラの要素を盛り込んだ野心的な大作だ。多彩な合唱、「声」の饗宴、喜劇的、演劇的な要素など、さまざまな段階からなる全体を束ねる力のある指揮と、これも強力な声を持った歌手が必要なため、なかなかいい演奏に巡り会えない作品でもある。

 バッティストーニはさすがだった。「とても野心的な作品。『椿姫』や『リゴレット』のように一本の筋が通ったドラマではないので、集中して一気に聴くのは難しいかもしれないが、作品の多様性に注意を向ければとても面白いはず」という言葉通り、彼の棒は本作の多面性、そしてコントラストを思い切り際立たせた、才気溢れるものだった。短めの幕ながらドラマの内容が凝縮された悲痛で劇的な第1幕から、大合唱が活躍し、コミカルな音楽も顔をのぞかせる躍動的な第2幕との落差があれほど鮮やかに感じられたのは初めて。やはり明暗のコントラストが際立つ最終幕も、ユーモラスな冒頭部分がその後に続く悲劇の入り口としてあまりにも効果的だったのに息を飲んだ。本作はまとめあげるのが本当に難しい作品だと聴くたびに痛感するのだが、今年29歳!という若さで、全体のダイナミズムを掴んで提示でき、どんな場面でも集中力とテンションを途切れさせないバッティストーニの才能はやはりただものではない。


 歌手も全体的に高水準。とりわけ、東京フィルの『トゥーランドット』でタイトルロールを好演したティツィアーナ・カルーソー(レオノーラ役)の、情感溢れるドラマティックな表現、イタリアが誇る世界的メッゾ・ソプラノ、ソニア・ガナッシ(プレジオシッラ役)の完璧なテクニックと、ジプシー女にふさわしい洒脱な表現に魅了された。本公演は、劇場の舞台機構の故障を理由に演奏会形式で上演されたのだが、「音響効果を考えて」(バッティストーニ)オーケストラはピットに入り、舞台背景には映像を投影して雰囲気を醸し出すなど、セミ・ステージ風の上演。通常の演奏会形式より満足度は高かった。

世界屈指の大劇場・バイエルン国立歌劇場に『椿姫』で鮮烈デビュー


ヴィオレッタ役 マリア・アグレスタと
 本作や、東京フィルで名演を披露した『トゥーランドット』はいわば壮大な作品だが、バッティストーニの才能は壮大なものにだけ発揮されるわけではない。6月の初旬には、ヴェルディのオペラのなかでは際立って繊細な面を持つ『椿姫』で、世界屈指の大歌劇場であるミュンヘンのバイエルン国立歌劇場にデビューを果たしたが、これがまた素晴らしい演奏だった。「これまで何度も指揮をして、自分なりに勉強してきた『椿姫』でこの劇場にデビューできたことは、とても幸運だった」とバッティストーニは言う。とはいえシンプルといえばシンプルな音楽である『椿姫』は、「初めて振った時は単調で退屈にすら思えた」そうだ。だが「幸いなことに」その後も何度も振る機会を与えられ、音楽とドラマを掘り下げ続け、共演したレオ・ヌッチや、講演で接したリッカルド・ムーティなど名演奏家の薫陶も受けるうちに、「豊かなファンタジーを秘め、無限の解釈の可能性があり、『リゴレット』などと違ってより一般的な人々の人生を扱っているがゆえに、こちらに語りかけてくる(communicativo)作品だと気付いた」そう。『椿姫』が「語りかけてくる」作品であることは、「歌」中心のそれ以前のイタリア・オペラと異なり、「会話」に音楽をつけたふうの、極端にいえばワーグナーにも通じる音楽であることからもわかる。『椿姫』は、初演当時(1853年)にあってはとても斬新な作品だったのだ。この作品が初演で冷ややかな反応しか受けなかったのは、これまで一部で言われてきたように主演歌手の容姿のせいなどではなく(主演歌手は新聞などでは絶賛されている)、ドラマの内容も音楽も、あまりにも新しかったからだった。




『椿姫』カーテンコール

 バッティストーニの『椿姫』は、まさに「語りかけてくる」音楽だった。言葉と一体化した音楽が細部まで丁寧に練られている一方で、若者たちの「愛」の情熱は存分に伝わって来る。ヒロインの葬送行進曲のエコーをまとった2つの前奏曲の繊細で悲痛な響きと、恋人の父に別れを迫られたヒロインの狂乱の人間くささ。主役の恋人たちの愛の二重唱の、第1幕の情熱と第3幕の諦めの対比。すべての音楽が、ドラマと共にあった。以前のバッティストーニは、この手のオーケストラがシンプルなオペラではしばしば音楽が走り過ぎるきらいがあったが、今回はその気配はみじんもなく、その点で彼の成熟も感じられた一夜となった。マリア・アグレスタ(ヴィオレッタ役)、フランチェスコ・デムーロ(アルフレード役)、ルカ・サルシ(ジェルモン役)と、いずれも世界の第一線で活躍するイタリア人による主役陣も素晴らしく、終演後は満足のため息があふれる客席で、暖かなスタンディングオベーションが続いたのだった。



 ドラマに寄り添い、美しく劇的な音楽を作り上げる2人のマエストロ。東京フィルへの登場が待ち遠しい。






加藤浩子(かとう・ひろこ)

東京生まれ。慶応義塾大学大学院修了(音楽学専攻)。慶応義塾大学講師、音楽評論家。著書に「今夜はオペラ!」「オペラ 愛の名曲20+4選」(春秋社)、「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」「バッハヘの旅」(以上東京書籍)「さわりで覚えるオペラの名曲20選」「人生の午後に生きがいを奏でる家」(中経出版)「ヴェルディ」(平凡社新書)ほか著書、共著多数。最新刊は『オペラでわかるヨーロッパ史』(平凡社新書)。ヨーロッパへのオペラ、音楽ツアーの企画同行も行っている。

〈公式HP〉http://www.casa-hiroko.com/




【チケット発売中!】チョン・ミョンフン指揮『蝶々夫人』、バッティストーニ指揮『イリス』

プッチーニ/歌劇『蝶々夫人』

指揮:チョン・ミョンフン

第882回サントリー定期シリーズ

7月22日(金) 19:00 開演
サントリーホール大ホール 
完売

7月24日(日) 15:00 開演
Bunkamura オーチャードホール

指揮:チョン・ミョンフン
蝶々夫人(ソプラノ):ヴィットリア・イェオ
ピンカートン(テノール):ヴィンチェンツォ・コスタンツォ
シャープレス(バリトン):甲斐 栄次郎
スズキ(メゾ・ソプラノ):山下 牧子
新国立劇場合唱団 他

プッチーニ/歌劇『蝶々夫人』
       (演奏会形式・字幕付)

マスカーニ/歌劇『イリス(あやめ)

指揮・演出:アンドレア・バッティストーニ

マスカーニ/歌劇『イリス』(演奏会形式・字幕付)

10月16日(日) 15:00 開演
Bunkamura オーチャードホール

10月20日(木) 19:00 開演
サントリーホール

指揮:アンドレア・バッティストーニ
チェーコ(バス):妻屋秀和
イリス(ソプラノ):アマリッリ・ニッツァ
大阪(テノール):フランチェスコ・アニーレ
京都(バリトン):町 英和
ディーア/芸者(ソプラノ):鷲尾 麻衣
くず拾い/行商人(テノール):伊達 英二
新国立劇場合唱団 他

マスカーニ/歌劇『イリス(あやめ)』
           (演奏会形式・字幕付)

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