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【2018年11月定期演奏会】アンドレア・バッティストーニ『メフィストーフェレ』を語る(2)


取材・文:松本 學/ 通訳:井内美香

スカピリアトゥーラ(蓬髪主義)の人々


(C)上野隆文

――ボーイトといえば、『アイーダ』や『ドン・カルロ』の台本を書いたアントニオ・ギスランツォーニらと同様、スカピリアトゥーラ(蓬髪主義)の運動に関わった人だと思うのですが、それと同時に当時の常としてワーグナーの影響を避け難く、あるいは喜んで、受けていると思います。それらがこの『メフィストーフェレ』の先駆性、先進性というものにどのように反映しているのでしょうか。


当時のイタリアの音楽家たちにもワーグナーの影響は避けがたかった
「まず重要なことは、ご存知の方もいるかもしれませんが、通常上演される『メフィストーフェレ』は初演時と同じものではなく、ボーイトが作り直した改訂ヴァージョンであるということです。ボーイトが初演したヴァージョンは、彼自身が破棄してしまったと言われていますので、リブレットこそ残っていますが、音楽的には初演版は知り得ないわけです。
 私が思うに、ボーイトが最初に書いた『メフィストーフェレ』の初演版はスカピリアトゥーラの考え方にもっとずっと近いものだったと思います。初演版は現行版のようにプロローグのあのきわめて印象的な音楽で始められたのではなく、その前に音楽ではなく芝居でやりとりされるシーンが冒頭にあって、そこから開始されていたのですが、これは非常に新しい実験的な試みでした。改訂版よりももう1幕分長いということは、当時のイタリア・オペラの常識から言って、あり得ないくらいの長さだったといえるでしょう」

行き過ぎた?ボーイトのスカピリアトゥーラ精神


ウジェーヌ・ドラクロワによる「空を飛ぶメフィストフェレス」(『ファウスト』より)
――5時間半だったといいますね。

「そうです、スゴいですよね。と同時に、相当に手を入れてはいるものの、現行の改訂版の音楽もボーイトの新しさは十分残っています。例えばワーグナーから影響を受けたデクラメーション――朗唱風の音楽の運びです。これもあの時代のイタリアでは非常に新しいことだったんですね。
 ボーイトは『メフィストーフェレ』を改訂した時に、最初のヴァージョンにあったスカピリアトゥーラのいささか行き過ぎなスピリットを薄めています。
 例えばファウスト役は、初演の時はバリトン歌手の役だったのですが、イタリア・オペラならやはり主役はテノールだろうということで変更しました。また、1幕を減らして、上演時間をかなり短くしています。それから、大変美しい「牢屋の場面」(第3幕)に主人公たちの二重唱を加えたり、きちっとしたアリアをいくつも入れたりと、要はイタリアの伝統的なオペラの形にかなり近付けたものに変更しているのです。
 ボーイトの『メフィストーフェレ』改訂版が上演された時期を考えると、イタリアの歌劇場ではワーグナーのオペラはまだ『ローエングリン』しか紹介されておらず、『トリスタンとイゾルデ』や『パルジファル』はこれから知られるという頃でしたので、いかに『メフィストーフェレ』が当時のイタリアで新しく響いたかということがわかると思います。今となってはそういうアヴァン・ギャルド性はさほど感じないにしても、やはりイタリア・オペラの流れからはみ出した型破りな部分やエキセントリックに響くところなどは今日の聴衆にとってもとても面白く聴こえるところだと思うのです」

――オリジナル稿の初演は1868年なので、『ローエングリン』もまだイタリアでは上演されていませんね。

「そう。『ローエングリン』がボローニャでイタリア初演されたのは1871年です。『メフィストーフェレ』改訂稿はその4年後の1875年に発表されました」



イタリアの“ワグネリズム”


『メフィストーフェレ』の題材となった戯曲「ファウスト」はドイツの文豪ゲーテの作品
――似た質問ですが……初演の時には“ワグネリズム”と呼ばれる暴動が起きたそうです。その名称からはどういうことが想像できるのでしょう。

元のヴァージョンが破棄されたので検証できないわけですけれども、私が思うには、おそらく初演版の方が今よりもずっとワーグナーの影響があらわだったのでしょう。最終版=現行版はオーケストラと歌手の朗唱風、デクラメーション式の歌い方の間にとても密な関係が築かれていて――ちなみにこの関係はヴェルディも非常に興味を持った関係性だと思うのですが――歌詞の内容にオーケストラがコミットしてゆく両者の関係がとてもうまく作られている。初演版ではその辺りの面でもっとはっきりとワーグナーの影響を受けていることが、聴衆にわかったのではないでしょうか。
 それから何よりも扱っている題材ですよね。ゲーテの『ファウスト』なんて、これ以上ないというほどドイツ的な題材じゃないですか。それを面白く思わない観客も多分結構いたのだろうなと思うんです」

(Part 3 へ続く)



(インタビュア・プロフィール)
まつもと・まなぶ(音楽評論家)/音楽、バレエ/ダンス、映画の批評。『レコード芸術』『音楽の友』などの雑誌や、CD・DVD解説、演奏会プログラムへの執筆のほか、多くの海外取材、各種コンサートの企画・サポートも務める。共著に『地球音楽ライブラリー ヘルベルト・フォン・カラヤン』、『知ってるようで知らない バッハおもしろ雑学事典』など。

【11月定期演奏会】
いにしえの悪魔が現代に蘇る――
バッティストーニの『メフィストーフェレ』


完売

11月16日[金]19:00開演
サントリーホール


チケットを購入

11月18日[日]15:00開演
Bunkamura オーチャードホール


指揮:アンドレア・バッティストーニ
メフィストーフェレ (バス): マルコ・スポッティ
ファウスト (テノール): アントネッロ・パロンビ
マルゲリータ/エレーナ (ソプラノ): マリア・テレ-ザ・レーヴァ
マルタ/パンターリス(メゾ・ソプラノ):清水華澄
ヴァグネル/ネレーオ(テノール):与儀 巧
合唱:新国立劇場合唱団
児童合唱:世田谷ジュニア合唱団  他
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

【謹告】出演者変更のお知らせ


曲目

オペラ演奏会形式
ボーイト/歌劇『メフィストーフェレ』



助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術創造活動活性化事業)、独立行政法人 日本芸術文化振興会、公益財団法人 アフィニス文化財団、公益財団法人 花王 芸術・科学財団(11/16)、公益財団法人 ローム ミュージック ファンデーション(11/16)

主催:公益財団法人 東京フィルハーモニー交響楽団

公演カレンダー

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