マエストロ岩城宏之が語る
ラフマニノフ、黛敏郎、そして東京フィル
    
 芥川也寸志、團伊玖磨、武満徹、そして山本直純といった、戦後の日本のクラシック界を牽引してきた同世代の巨星が次々に亡くなる中、現役として以前にもまして先鋭的な音楽活動を繰り広げている岩城宏之。
 東京フィルをはじめとする世界各地のオーケストラで、意欲的に同時代に生きる作曲家の作品に取り組む一方で、オーケストラ・アンサンブル金沢の音楽監督として、金沢から世界に向けて本格的な文化の発信を目指して献身的に仕事を進めています。

 死を覚悟させるような大病を何度も経験してきたにも関わらず、いまだにその精力的な目の輝きに決して衰えを見せること無く、日々音楽に全力投球されているマエストロ。今回は2月の定期演奏会に登場する彼に、定期演奏会の聴きどころ、そして東京フィルについて思う存分語って頂きました。

「多くの作曲家は作品の中でうそ泣きばっかりしているけど、ラフマニノフは、本当に泣いています」
第670回定期演奏会――オール・ラフマニノフ・プログラム
――岩城さんは2003年2月に、2回にわたって東京フィルの定期演奏会にご出演になります。はじめの第670回定期演奏会(オーチャードホール)では、ラフマニノフの特集です。今までの岩城さんの指揮活動を振り返ると、日本人作曲家の作品の数多くの初演の実績をはじめとする現代音楽や、いわゆる「本格的な」クラシック作品への取り組みが目立っていて、正直言って岩城さんとラフマニノフの組み合わせというのは意外な感じがします。
 実はオール・ラフマニノフ・プログラムをやるのは初めてなのです。もちろん彼の曲はやっていますけどね(笑)。ただし、どちらかといえば、今までは縁遠い作曲家だったと言えるでしょう。というのも、ご存知の通りラフマニノフの作品は美しい叙情と物悲しさをたたえた旋律にあふれ、感情の激しい高揚を持っている。
 このような多くの人に受け入れられる要素をもち、作曲技法の面から見ても非常に完成度が高い。これ以上望みようの無い作品が多いのですが、なぜかウンザリしてしまうのです(笑)。指揮している最中は気持ちよくて仕方がないのに、そのあとにベートーヴェンなどをやったりすると、やたらむなしさが残る…。ぼくにとってラフマニノフはそういった作曲家だったのです。
――ラフマニノフに対して、少し否定的な意見が出てきました。しかし敢えて今回ラフマニノフに取り組まれるのはなぜなのでしょう。
 いや、決してラフマニノフのことを否定しているわけではないのです。彼の作品は、きちっと書かれているし、何より誰の作品にもまして誠実さにあふれている。多くの作曲家は作品の中でうそ泣きばっかりしているけど、ラフマニノフは、本当に泣いているのです。
 今回定期のプログラムを組むにあたって考えたのは、このようなラフマニノフの特徴を堪能するには、「もしかしたら、すべてラフマニノフの作品にしてしまえば、集中力を途切れさせること無く、ひたすらラフマニノフの世界に浸ることが出来るのではないか」ということです。そこでオール・ラフマニノフ・プログラムに取り組もう、ということになったのです。
――やはり岩城さん流の深謀遠慮が今回の定期演奏会のプログラミングにもこめられていたのですね。では、今回の具体的な聴きどころをお聞かせいただけますか。
 まずプログラムの冒頭を飾る『音の絵』は、大ピアニストでもあったラフマニノフがピアノ独奏用に作曲した作品です。ここには、彼の管弦楽のための作品にはほとんど見られない、内面的な充実が見られ、心の奥底の告白が聞こえてくるかのようです。このデリケートな作品を、管弦楽の達人であったレスピーギが美しくオーケストラ用の作品に仕上げました。めったに演奏されない作品です。もしかしたら、日本で初めてかもしれません。ぜひ聴いてもらいたいと思います。

 次に取り上げる『パガニーニの主題による狂詩曲』は、個人的には、ラフマニノフの作品の中でももっとも好きな作品の1つです。ピアノ独奏の広瀬悦子さんは、最近数多くのオーケストラと共演を重ね、素晴らしい評判を取っている方ですが、おととし、ぼくが指揮した演奏会でピアニストの体調不良でキャンセルされたとき、急遽代役としてベートーヴェンの『皇帝』で素晴らしい演奏を聞かせてくれたのが、強い印象として残っています。

 交響曲第2番は言わずもがな、彼の作風を代表する名曲で、特に最近充実著しい東京フィルとともにいい演奏が出来るのではないか、と思っています。
黛敏郎
MAYUZUMI Toshiro
「戦後の日本の音楽界を切り拓いたのは、黛敏郎です」
第671回定期演奏会――オール黛プログラム
――第671回定期演奏会では、まさに盟友とも言うべき存在、黛敏郎の作品を取り上げられます。かねてから岩城さんは黛さんの作品を数多く取り上げられてきましたが、今回東京フィルの定期演奏会で敢えて再び取り上げられるのはどうしてでしょうか。
 武満徹の作品であれば、ぼく以外の多くの指揮者も取り上げますが、黛さんの作品は他の人はほとんど取り上げないでしょう? このまま放っておくと、彼の作品は消えてしまうのではないか、という危惧があるのです。戦後の日本音楽を切り開いてきたのは黛さんなのです。
 彼がいたからこそ、武満徹をはじめとする戦後日本の作曲界の隆盛があったのです。このことを作品の演奏を通じて多くの人に知っていただきたく、出来る限り彼の作品を取り上げるようにつとめています。
――黛敏郎の作品の凄さはどこにあるのでしょうか。
 何より音楽の革新性、独自性にあると思います。今回の演奏会で取り上げる『饗宴』などは、ぼくは以前、バーンスタインの『ウェスト・サイド物語』の影響を受けすぎていると思っていたのですが、よく調べてみると『饗宴』のほうが2、3年早く作曲されている。しかもバーンスタインは『饗宴』が大好きで何度も指揮をしていたという。つまりバーンスタインのシンフォニック・ジャズのサウンドは黛さんの影響なしには生まれなかったかもしれないのです。
 残念ながら1970年代以後、彼は「『鐘の音』より深く美しい音楽を書くことは不可能だ」と書いて(注:黛は今回の演奏会で取り上げる『涅槃交響曲』の第1楽章で、京都の街中の鐘の音を音響分析に基づいてオーケストラで再現した音楽を書いている)、ほとんど作曲の筆をとりませんでしたが、それではあまりにもったいないので、武満さんと一緒に“Come back to music”と訴えて、黛さんに再び作曲をはじめるよう、懇願したこともあります。
――「初演魔」というあだ名に象徴されるように、岩城さんが黛さんをはじめ、現代日本、ひいては世界の現代作品に執念とも言うべき信念をもって取り組まれている姿には、感動すら覚えます。何がそこまで岩城さんを突き動かすのでしょうか。
 200年前、フランスのある指揮者がかつて初めてベートーヴェンの音楽をパリに紹介しようと、演奏会でしつこく取り上げたそうですが、その新しさゆえにパリの聴衆はなかなか受け入れなかったということです。しかしその指揮者は粘り強く10年もベートーヴェンを取り上げつづけ、ようやくにレパートリーとして定着していったといいます。ベートーヴェンでさえこのような状況だったのですから、ほかの作曲家であればより時間がかかるのがあたりまえです。
 作曲家が成長するためには、その作品が数多く演奏されることが必要で、そのためには指揮者が聴衆に紹介しなければなりません。その意味で「指揮者が作曲家を育てる」のであって、ぼくはそれを実践してきたつもりです。韓国出身の大作曲家、ユン・イサンがいみじくも次のように言いました。「武満徹には岩城と小澤がいたが、自分には誰もいなかった」と…。
 ところで最近の日本の指揮者で、作曲家をそだてるという意識をもって音楽活動をすすめている人はどれだけいるでしょうか…。
「心の底から東京フィルのことが好き。だからこそ、ヘンな演奏したときは、本当に腹が立ちます」
岩城宏之と東京フィル
――さて、少し話題をかえて、岩城さんと東京フィルの今までの付き合いについて教えていただきたいのですが。
 ぼくはもともと芸大で打楽器を専攻していたのですが、入学したての1年生の5月、初めてプロのオーケストラのエキストラの仕事をもらいました。そのオーケストラが東京フィルだったのです。演奏した曲目はムソルグスキーの『展覧界の絵』。エキストラでしたので、演奏したのはトライアングルの数発だけでしたが、とにかくうれしかったのを今でも覚えています。
 この曲の冒頭の有名なトランペットの旋律には4分の5拍子が使われているのですが、そのことを同級生にいかにも前衛的な音楽をやったかのように自慢したのは、恥ずかしい思い出です。そんなぼくが、後にはるかに複雑な現代音楽を振るようになったのですから、面白いものです。
――指揮者としてはいかがでしょうか。
 昭和29年の秋にNHK交響楽団の副指揮者に就任したものの、まったくオーケストラを振らせてもらえない。不満を募らせてNHKのあるプロデューサーに訴えたところ、では、ということで東京フィルが音楽を担当していたラジオのポップス番組の指揮を任せられることになったのです。
 この番組の制作が結構きついもので、毎週1回、リハーサルも含めて5時間の収録時間で30分の番組を制作しなければならず、収録する曲のアレンジは、スタジオ入りして初めて渡されるといった具合でした。こんなにきつい仕事をしているのにもかかわらず、東京フィルの皆さんは、和気あいあいとした雰囲気で、しかしいざ合わせるときは真剣に取り組むといった具合で、とても感銘を受けたのを覚えています。

 結果としてこの時の経験がぼくの指揮者としての土台を作ってくれたのであり、その意味でぼくは東京フィルに育てられたといっても過言ではありません。現在の東京フィルも、朝・昼・晩よく働いているのにもかかわらず、その当時のいい雰囲気を受け継いでいて、ぼくにとってもっとも愛着の深いオーケストラの1つです。それだけに、たまに東京フィルらしくないヘンな演奏をしたときには、心底腹が立ってしょうがないのです。それだけぼくは東京フィルを愛している、ということです。
――岩城さんの東京フィルへの期待をひしひしと感じます。今日は貴重なお話しをしてくださり、ありがとうございました。
東京フィルだより 2003年冬号より

岩城宏之プロフィール


■2月22日(土)第670回定期演奏会
オーチャードホール 19:00開演
指揮:岩城宏之 ピアノ:広瀬悦子
指揮:岩城宏之
ピアノ:広瀬悦子

ラフマニノフ:
    練習曲『音の絵』(レスピーギ編曲)より
    パガニーニの主題による狂詩曲作品43
    交響曲第2番ホ短調作品27
詳細

S:\7,500 A:\6,000 B:\4,500 C:\3,000 D:\2,000
車椅子席:\3,750(同伴者1名まで同料金)

チケット残券情報 チケット予約 ホール 座席表


■2月26日(水)第671回定期演奏会
サントリーホール 19:00開演
指揮:岩城宏之
指揮:岩城宏之
合唱:東京混声合唱団・栗友会合唱団

黛敏郎:トーンプレロマス '55
    饗 宴
    BUGAKU
    涅槃交響曲
詳細

S:\7,500 A:\6,000 B:\4,500 C:\3,000 D:\2,000
車椅子席:\3,750(同伴者1名まで同料金)

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