ホーム > インフォメーション > 7月定期演奏会の聴きどころ「ヴェルディ+シェイクスピアの奇跡を、今もっとも理解の深いマエストロで体験する〜チョン・ミョンフン指揮 東京フィル『オテロ』への期待」(文=加藤浩子)

インフォメーション

2023年5月22日(月)


音楽とドラマの融合を追求したヴェルディの傑作悲劇『オテロ』


Ⓒ上野隆文


アレクサンドル=マリー・コラン作『オテロとデズデーモナ』
(1829年、ニューオーリンズ美術館蔵)


 打ちのめされる。

 ヴェルディの『オテロ』は、筆者にとってそんな体験を最も多くもたらしてくれたオペラである。
 フィレンツェで、ミラノで、ミュンヘンでそして東京で、何度『オテロ』に打ちのめされたことだろうか。『オテロ』は、音楽とドラマの融合を追求したヴェルディの総決算であり、全ての音が一瞬の隙もなくドラマと連動している奇跡的なオペラなのだ。
 「打ちのめされた」経験のなかでももっとも忘れ難い一つが、2012年の晩秋、ヴェネツィアのフェニーチェ歌劇場で、マエストロ チョン・ミョンフンが指揮した『オテロ』である。マエストロがピットから客席に挨拶し、さっとオーケストラの方を振り向いてタクトを振り上げた途端、黄金のレリーフと「海の都」を象徴する水色に彩られた劇場の空間いっぱいに、荒れ狂う嵐の海が広がった。嵐をくぐり抜けて帰還した英雄オテロは、部下のイアーゴの罠にはまり、妻デズデーモナの不倫を信じ込んで平静を失い、妻を殺して自ら命を絶つ。そのオテロの心を、マエストロ チョンはなんと美しく、切なく、劇的にそして繊細に描いていたことだろうか。
 歌心と劇的瞬間の絶妙なバランス。それこそヴェルディのオペラにもっとも求められることだと思うが、マエストロ チョンほどそのことを理解し、実現できる指揮者は稀だ。

シェイクスピアはヴェルディにとって『人の心を知る偉大な師』


シェイクスピアをこよなく愛したというヴェルディ。
『マクベス』『オテロ』『ファルスタッフ』
の3作品をオペラ化しました。

 ジュゼッペ・ヴェルディ(1813-1901)は、「歌」の美を優先していたイタリア・オペラを「音楽によるドラマ」へと変えた立役者だが、音楽劇の創作にあたって彼が「師」と仰いでいたのがウィリアム・シェイクスピア(1564-1616)だった。なぜなら彼が描きたかったのは人間の心であり、シェイクスピアは「人の心を知る偉大な師」(ヴェルディ)だったからである。ヴェルディの生涯の課題は、人間の心の葛藤を、「人間とは何か」を描くことだった。だからこそ彼はシェイクスピアに惹かれた。若い頃は、シェイクスピアの全戯曲をオペラ化したいと夢見たこともある。ヴェルディが初めてシェイクスピアの原作をオペラにしたのは『マクベス』(1847)だが、彼はイタリア人で初めて、シェイクスピアの原作から直接オペラ化した。だがその後『オテロ』まで実に40年、シェイクスピア作品のオペラ化は途絶える。ふさわしい台本作者が見つからなかったからである。『オテロ』は、ヴェルディがアッリーゴ・ボーイトという優れた詩人・作曲家・シェイクスピア通を得て、ほぼ半世紀ぶりに実現したシェイクスピア・オペラだった。
  『オテロ』でヴェルディは、初めて一つの幕が途切れなく演奏されるオペラを創った。観客は冒頭から首根っこを掴まれてドラマに投げ込まれ、一気呵成に最後まで持って行かれる。それを徹底的に味わうには、マエストロ チョンのようなヴェルディに通じたマエストロが必要なのである。


粒揃いの歌手が登場する『オテロ』


オテロ:グレゴリー・クンデ
ⒸChris Gloag

 2012/13のマエストロ チョン指揮によるフェニーチェ歌劇場の『オテロ』が新鮮だったのは、歌手の起用も大きな理由だった。グレゴリー・クンデが初めてオテロを歌ったのだ。彼は今でこそヴェルディやプッチーニなどの”重い声”の役を主要レパートリーにしているが、当時はクンデといえば(軽いと思われている)ロッシーニ・テノール。その彼が、重量級であるドラマティック・テノールの究極とも言える『オテロ』を歌ったのだから、大きな話題になった。
 だがこれは、ロッシーニを初めとするベルカント・オペラ(ドラマ性より歌の美しさを優先したオペラ)が復活している今だからこそ可能になったことだった。クンデが得意にしていたのは、ロッシーニと言っても近年復活してきたオペラ・セリア(真面目なオペラ。「正歌劇」などと表記される)の、比較重めのレパートリー。「ロッシーニのセリアからフランス・オペラを経てヴェルディの『オテロ』というキャリアは、『オテロ』の初演でタイトルロールを歌ったフランチェスコ・タマーニョも辿った道なのです」(クンデの言葉)。ならば重量級のテノールより、こちらの方が正統なのではないだろうか。


デズデーモナ:小林厚子
ⒸYoshinobu Fukaya


イアーゴ:ダリボール・イェニス

 果たしてクンデの歌唱は、「新時代のオテロ」と呼ぶにふさわしいものだった。声の力で押すのではなく、精確でスタイリッシュでありながらドラマティック。何より、高音域がクリアで美しいのだ。
 クンデのオテロは大評判となり、今や世界屈指の「オテロ歌い」の地位を獲得している。そのクンデと、マエストロ・チョンとの共演で再会できるとは、なんと喜ばしいことだろうか。これも雄弁な歌を歌うバリトンのダリボール・イェニス、ヴェルディ作品に情熱を注ぐ日本のプリマ小林厚子と、共演者も選り抜きだ。 そしてもう一方の主役は、我らが東京フィルハーモニー交響楽団。マエストロ・チョンとの共演で数々の演奏会形式オペラを成功させ、新国立劇場その他のピットで幅広いオペラのレパートリーを披露してきた、日本を代表するオペラのオーケストラだが、やはり十八番はイタリア・オペラ。2008年、新国立劇場での『オテロ』も心揺さぶる名演だった。
 全てが揃った今回の『オテロ』。ヴェルディとシェイクスピアというオペラ史上の奇跡が、理想のキャストで体現される。打ちのめされる一夜を、ぜひ体験していただきたい。



©上野隆文




加藤浩子(かとう・ひろこ)/東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学大学院修了(音楽史専攻)。大学院在学中、オーストリア政府給費留学生としてインスブルック大学に留学。音楽物書き。著書に『今夜はオペラ!』『モーツァルト 愛の名曲20選』『オペラ 愛の名曲20選+4』『ようこそオペラ!』(以上、春秋社)、『バッハへの旅』『黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ』(以上、東京書籍)、『ヴェルディ』『オペラでわかるヨーロッパ史』『カラー版 音楽で楽しむ名画』『バッハ』(以上、平凡社新書)など。著述、講演活動のほか、オペラ、音楽ツアーの企画・同行も行う。最新刊は『16人16曲でわかるオペラの歴史』(平凡社新書)。
〈公式HP〉http://www.casa-hiroko.com/


7月定期演奏会 

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7月23日(日)15:00開演
Bunkamura オーチャードホール
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7月27日(木)19:00開演
東京オペラシティ コンサートホール
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7月31日(月)19:00開演
サントリーホール

指揮:チョン・ミョンフン(東京フィル 名誉音楽監督)
オテロ(テノール):グレゴリー・クンデ
デズデーモナ(ソプラノ):小林厚子
イアーゴ(バリトン):ダリボール・イェニス
ロドヴィーコ(バス):相沢 創
カッシオ(テノール):フランチェスコ・マルシーリア
エミーリア(メゾ・ソプラノ):中島郁子
ロデリーゴ(テノール):村上敏明
モンターノ(バス):青山 貴
伝令(バス):タン・ジュンボ
合唱:新国立劇場合唱団(合唱指揮:冨平恭平)

ヴェルディ/歌劇『オテロ』(オペラ演奏会形式)
全4幕・日本語字幕付き原語(イタリア語)上演
原作:ウィリアム・シェイクスピア『オセロー』
台本:アッリーゴ・ボーイト
公演時間:約2時間50分(休憩含む)


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東京フィルフレンズ会員様は表内価格より10%割引となります。

料金

  S A B C
料金 ¥10,000 ¥8,500 ¥7,000 ¥5,500
東京フィルフレンズ
(10%off)
\9,000 \7,650 \6,300 \4,950


主催:公益財団法人 東京フィルハーモニー交響楽団
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術等総合支援事業(創造団体支援))| 独立行政法人日本芸術文化振興会(7/31公演)

   公益財団法人アフィニス文化財団 
   公益財団法人 三菱UFJ信託芸術文化財団(7/31公演)
後援:日本ヴェルディ協会、日本シェイクスピア協会
協力:Bunkamura(7/23公演)

公演カレンダー

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