ホーム > インフォメーション > 10/9 東京オペラシティ定期 (指揮ミハイル・プレトニョフ) ロシアの昔話『不死身のカッシェイ』をひもとく

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2015年10月5日(月)




イワン・ビリービン『マリヤ・モレヴナ』より
「王子たちを追う不死身のカッシェイ」原画
1901年制作 造幣局ミュージアム蔵

 不死身のカッシェイ――ロシア民話に登場するこの魔物は、 ロシアで生まれ育った人ならば誰もが幼少期から親しみ、 まるで日本での「鬼」や「山姥」のように親しまれた存在なのだという。ここでは“、カッシェイ”により親しむために、ロシア民話の観点から物語をひもといてみたい。


文・齋藤 君子(ロシア民話研究家)



ロシアの魔法昔話

 ロシアの魔法昔話にはさまざまな超能力をもつ悪役たちが登場し、目的に向かって突き進む若者の前に立ちふさがります。そんな悪役の一人が『不死身のカッシェイ(コッシェイともいう)』です。昔話におけるカッシェイの役割は、女性をさらっていって幽閉することです。ロシアの魔法昔話で一般的に女性をさらっていくのは大蛇か鳥、あるいは“突風”ですが、カッシェイもそれらと同じ役割を担った登場人物です。
 一説によると、"コッシェイ[koshche'i]”の語源はテュルク語だといいますが、ロシア語の響きが“骨[kost']”を連想させるためか、やせ細った、骨ばかりの老人、あるいは、まるで「生きた骸骨」のようだと語られます。カッシェイに「冥界の王」のイメージがあるのはそのためでしょう。


カッシェイの“魂のありか”

 カッシェイの最大の特徴は魂のありかにあります。その点について、ロシアの語り手は次のように語っています。
大海原に島があり、
その島に樫の木が一本立っていて、
その樫の木の上に長持ちがあり、
その長持ちの中に兎が一匹いて、
その兎の中に鴨が一羽いて、
その鴨の中に卵が一つあり、
その卵の中に針が一本入っていて、
その針の先にカッシェイの命が隠されている
カッシェイの魂、すなわち生命力は肉体の中ではなく、肉体の外の秘密の場所に厳重に保管されているのです。この老人が『不死身のカッシェイ』と呼ばれる所以はそこにあります。
 たとえ肉体を刀で切り刻まれても、銃で撃たれても、カッシェイは死ぬことはありません。しかし、そんな不死身のカッシェイにも弱点があります。主人公イワンはカッシェイの魂が隠されている秘密の場所を聞き出し、鴨が海の中に生み落とした卵を探し出し、その卵を割ってカッシェイを退治します。
 このような人物が登場するのはロシアの昔話だけです。他の国の昔話には登場しません。ロシアでもこの人物が昔話に登場するようになったのは比較的新しく、18世紀中ごろ以降のことです。


伝統的民話にない抒情的世界

 1900年の秋、リムスキー=コルサコフは新しいオペラを作曲するために題材を探していました。そんなとき、音楽評論家のE.M.ペトロフスキー(1873-1918) が彼のもとを訪ね、ロシアの民衆が語る昔話に題材を取った「イワン王子」という台本を見せ、彼に作曲を勧めました。リムスキー=コルサコフはペトロフスキーの承諾を得て、自分の娘で作家のソフィヤ・ニコラーエヴナに協力してもらい、この台本を大幅に書き変えました。こうして1902年3月に完成したリムスキー=コルサコフの『不死身のカッシェイ』は、ロシアの民衆が語り伝えてきた昔話を利用してはいますが、彼自身の創作になる部分が数多く見られます。  伝統的な昔話との一番の違いは、カッシェイにカッシェーヴナという娘がいて、カッシェイがこの娘の涙の中に自分の魂を隠し持っていることです。コルサコフは物語の鍵を握る人物としてカッシェーヴナを登場させ、カッシェイの魂の隠し場所を探しにやってきた勇士たちを容赦なく殺害させます。イワン王子もそんな勇士の一人としてカッシェーヴナの前に現れます。


カッシェーヴナと王女 ――それぞれの愛の形

 カッシェーヴナは広い海に浮かぶ島に住んでいて、月夜の晩、魔法の飲み物を入れた盃を手に持って海岸にやってきます。まもなくイワン王子がここに来ることを知っていたのです。イワン王子はカッシェーヴナを一目見てその美しさに魅了され、愛する王女を探しに来たことを忘れてしまいます。カッシェーヴナは魔法の飲み物とキスによってイワン王子を眠らせますが、眠っている王子の顔を見て、心がひるみます。そこへ嵐の勇士が飛び込んできて、イワン王子に掛けられていた魔法を解きます。眠りから覚めたイワン王子は嵐の勇士とともにカッシェイの国へ行き、王女と再会します。イワン王子が王女を連れ帰ろうとすると、カッシェーヴナが二人の前に立ちふさがり、「王子と別れることはできない」と言います。王女がそんなカッシェーヴナを憐れんで抱き寄せ、口づけすると、カッシェーヴナの心にはじめて温かい感情が芽生えます。カッシェーヴナは自分の流した涙によって心を洗い清められ、柳の木に変身します。カッシェイは娘の涙とともに滅びます。




齋藤 君子(さいとう・きみこ)/ロシア民話研究家


著書に『シベリア神話の旅』(三弥井書店)、『モスクワを歩く』(東洋書店)、『シベリア民話への旅』(平凡社)、『ロシアの妖怪たち』(大修館書店)、『シベリア民話集』(岩波文庫)など多数。共著に『「大きなかぶ」はなぜ抜けた』(講談社現代新書)。




【当日券あり】S席¥10,000 A席¥8,500 学生¥1,000

10月9日[金]19:00開演(18:30開場)
東京オペラシティコンサートホール


指揮 : ミハイル・プレトニョフ

カッシェイ(テノール): ミハイル・グブスキー
カッシェイの娘(メゾ・ソプラノ): クセーニャ・ヴャズニコヴァ
美しい王女(ソプラノ): アナスタシア・モスクヴィナ
イヴァン王子〈バリトン〉: ボリス・デャコフ
嵐の勇士(バス): 大塚博章
合唱:新国立劇場合唱団

リムスキー=コルサコフ/歌劇『不死身のカッシェイ』
            <演奏会形式/ロシア語上演/字幕付>


左からミハイル・グブスキー、クセーニャ・ヴャズニコヴァ、アナスタシア・モスクヴィナ、ボリス・デャコフ、大塚博章

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