沿革
| 年 | 楽団の歴史 | 同時代の出来事 |
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| 1911(明治44)年 |
3月 名古屋の「いとう呉服店(現大丸松坂屋)」が少年音楽隊を結成。指導者は沼泰三。 |
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| 1924(大正13)年 | 4月 第1回選抜高等学校野球大会開会式で演奏(~1938年) |
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| 1925(大正14)年 | 7月 名古屋放送局の開局にともない、「松坂屋音楽隊」としてラジオ放送で管弦楽を演奏。以後、吹奏楽や管弦楽で恒常的に放送演奏に出演。 |
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| 1926(大正15)年 | 12月 沼泰三の死去を受けて早川弥左衛門が松坂屋音楽隊の楽長に就任。「洋楽研究会」を組織し、シンフォニー活動を開始する |
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| 1927(昭和2)年 | 2月 洋楽研究会が最初の演奏会を開催 | |
| 1932(昭和7)年 | 4月 「名古屋交響楽団」と改称。 |
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| 1934(昭和9)年 | 9月 名古屋交響楽団、藤原歌劇団『ラ・ボエーム』に出演(名古屋市公会堂)。 |
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| 1936(昭和11)年 | 3月 ゴールドベルクとクラウスの演奏会に「中央交響楽団」として初出演(日比谷公会堂)。中央交響楽団、『蝶々夫人』(三浦環・永田絃次郎他)に出演。 |
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| 1938(昭和13)年 | 12月 東京に本拠を移し、正式に「中央交響楽団」と改称。 | |
| 1940(昭和15)年 | 1月 中央交響楽団、常任指揮者に就任したマンフレート・グルリットの指揮により第1回発表演奏会を開催 (歌舞伎座)。 | |
| 1941(昭和16)年 | 5月 中央交響楽団、グルリットの指揮する藤原歌劇団『アイーダ』(日本人による初上演)に出演 (歌舞伎座)。 6月 中央交響楽団、「東京交響楽団」と改称。大阪宝塚劇場で改称披露演奏会を開催。 |
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| 1942(昭和17)年 | 11月 東京交響楽団、『ローエングリン』(日本初演)に出演(グルリット/藤原歌劇団/歌舞伎座)。 | |
| 1943(昭和18)年 | 12月 東京交響楽団、『フィデリオ』(日本初演)に出演(同上)。 | |
| 1945(昭和20)年 | 3月 東京大空襲により練習所が全焼。楽器・楽譜等の一切を焼失。 9月 東京都等の協力により「東京都音楽団」が結成され、旧東京交響楽団のメンバーを中心にその管弦楽部(東京都フィルハーモニー管弦楽団)が構成される。 |
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| 1946(昭和21)年 | 7月 東京都音楽団が解散。メンバーの大多数は「東京フィルハーモニー管弦楽団」として活動を続け、ほぼ全員が「アーニー・パイル交響楽団」に入団。 |
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| 1947(昭和22)年 | 9月 アーニー・パイル交響楽団が解散宣言。 | |
| 1948(昭和23)年 | 4月 「東京フィルハーモニー交響楽団」としての第1回定期演奏会を日比谷公会堂で開催。 11月 NHKとの間の放送出演契約が発効。 |
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| 1952(昭和27)年 | 12月 財団法人「東京フィルハーモニー交響楽団」が認可される。 |
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| 1957(昭和32)年 | 3月 第40 回定期演奏会を開催。この頃からオーケストラの数が増加し過当競争の時代に。 |
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| 1959(昭和34)年 | 1月 常任指揮者にアルベルト・レオーネを迎える。 | |
| 1961(昭和36)年 | 2月 レオーネに替わり大町陽一郎が常任指揮者に就任。 4月 第58 回定期演奏会を大町の指揮で開催。以降第62回まで毎回満員御礼となる。 9月 定期演奏会会場を東京文化会館に移し、予約制を開始。 |
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| 1964(昭和39)年 | 12月 給料が支払不能となり、事務の立て直しが急務となる。 |
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| 1966(昭和41)年 | 9月 第100回記念定期演奏会を開催。 |
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| 1973(昭和48)年 | 10月 大町陽一郎の指揮により東京フィル初の海外公演(東南アジア4か国・7公演)が実現。 |
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| 1974(昭和49)年 | 尾高忠明が常任指揮者に就任。 | |
| 1978(昭和53)年 | 大屋晋三会長・理事長が退任。経営態勢の変革が始まる。 |
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| 1982(昭和57)年 | ソニー株式会社(現ソニーグループ株式会社)会長盛田昭夫が東京フィル会長に就任。 |
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| 1984(昭和59)年 | 4~6月 第1回ヨーロッパ公演を実施(50日間・7か国・28公演)。「音楽之友社賞」と味の素社「ゆとりすと賞」を受賞。 | |
| 1987(昭和62)年 | 10月 サントリーホールで「現代音楽展」を開催。この年の文化庁芸術祭賞を受賞。 | |
| 1989(平成元)年 | 9月 東急文化村とフランチャイズ契約を締結。 9~10月 第2回ヨーロッパ公演を実施(32日間・8か国・20公演) |
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| 1991(平成3)年 | 9月 創立80周年祝賀記念パーティーを開催。 | |
| 1992(平成4)年 | 4月 大野和士が常任指揮者に就任。 5月 第1回オペラコンチェルタンテを開催(~ 2002年2月・第23回)。 |
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| 1994(平成6)年 | 第3回ヨーロッパ演奏旅行として、ドイツ、ベルギー、イギリスに招かれる(23日間・15公演)。 |
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| 1996(平成8)年 | 1月 第11回オペラコンチェルタンテ(ヒンデミットのオペラ3部作)により平成7年度芸術祭大賞受賞 | |
| 1999(平成11)年 | ソニー株式会社(現ソニーグループ株式会社)会長大賀典雄が東京フィル会長に就任。 | |
| 2001(平成13)年 | 4月 新星日本交響楽団と合併。 チョン・ミョンフンがスペシャル・アーティスティック・アドヴァイザーに就任。 |
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| 2005(平成17)年 | 1月 平成16年度芸術祭優秀賞受賞(「音楽の未来遺産 シリーズ三善晃の世界 第3回」)。 11月 「第7回上海国際芸術祭」にアジア代表として招待され、中国、韓国で7公演を開催。 |
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| 2010(平成22)年 | 4月 ダン・エッティンガーが常任指揮者に就任。 |
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| 2011(平成23)年 | 1月 楽団創立100周年の記念シリーズを開始(~ 2012年3月)。 3月 創立100周年記念特別演奏会が東日本大震災の影響により中止となる。 10月 ソニー株式会社(現ソニーグループ株式会社)代表執行役副会長中鉢良治が東京フィル会長に就任。 楽天グループ株式会社代表取締役会長兼社長三木谷浩史が東京フィル理事長に就任。 |
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| 2012(平成24)年 | 5月 創立100周年特別演奏会開催(指揮:チョン・ミョンフン) | |
| 2013(平成25)年 | 12月 韓国・大邱(テグ)市の招聘により、日本から唯一アジア・オーケストラ・フェスティバル に出演。 |
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| 2014(平成26)年 | 3月 アジア・欧米6か国(ニューヨーク、マドリード、パリ、ロンドン、シンガポール、バンコク)を巡るワールド・ツアーを行い国内外の注目を集めた。 |
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| 2015(平成27)年 | 3月 新潟県長岡市と事業提携協定を締結。 4月 ミハイル・プレトニョフが特別客演指揮者に就任。 アンドレア・バッティストーニが首席客演指揮者に就任。 12月 日韓国交正常化50周年を記念してチョン・ミョンフン指揮のもとソウルと東京の2都市で「日韓友情『歓喜の第九』」演奏会を開催 |
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| 2016(平成28)年 |
9月 チョン・ミョンフンが名誉音楽監督に就任。 10月 アンドレア・バッティストーニが首席指揮者に就任。 |
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| 2017(平成29)年 | 12月 上海における日中国交正常化45周年記念演奏会に出演(指揮:ユー・ロン) | |
| 2019(令和元)年 | 12月 名誉音楽監督チョン・ミョンフンのもと「令和元年特別「第九」演奏会」を開催 |
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| 2020(令和2)年 | 4~6月 新型コロナウイルスの世界的パンデミックにより、演奏活動を100日間停止することを余儀なくされる。6月に東京のオーケストラとして最初に有人演奏会を再開。 | |
| 2021(令和3)年 |
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| 2022(令和4)年 | 2022年「第20回三菱UFJ信託音楽賞 奨励賞」(指揮:チョン・ミョンフン/2022年10月定期演奏会におけるヴェルディ歌劇『ファルスタッフ』演奏会形式上演)を受賞 | |
| 2024(令和6)年 | 4月 人気シリーズ「休日の午後のコンサート」が第100回を迎える 5月 名誉音楽監督チョン・ミョンフンとともに、COVID-19パンデミック以後最初の海外公演となる韓国3都市4公演を巡るツアーを実施。全公演で完売となる 6月 名誉音楽監督チョン・ミョンフンのもとBunkamuraオーチャードホールで「第1000回定期演奏会」(メシアン:トゥランガリーラ交響曲)を開催 11月 サウジアラビアのリヤドにて「Echoes of Eorzea: A Decade of Final Fantasy XIV in Symphony」に出演。初の中東ツアーとなる |
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| 2025(令和7)年 | 3月 日韓国交正常化60周年記念として、チョン・ミョンフンの指揮のもと東京とソウルの2都市ででKBS交響楽団との合同演奏会を開催 4月 ドバイで開催されたInClassica国際音楽祭にホストオーケストラとして出演。6公演で7人のソリストと共演 10~11月 名誉音楽監督チョン・ミョンフンとの初めてのヨーロッパ・ツアーを実施。7か国8公演で絶賛を博し、現地聴衆・批評家より「世界水準のオーケストラ」との評価を獲得。 |

















