ホーム > インフォメーション >  対談 美しい音楽のカタチ【ナターリヤ・ポリュリャーフ × 太刀川英輔】

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2014年1月16日(木)





「美しい音楽」とは何か。すべての「美」にカタチはあるのか。
ソニーコンピュータサイエンス研究所アソシエイト リサーチャーのナターリヤ・ポリュリャーフさんと、デザイン事務所NOSINERを主宰されている太刀川英輔さんにお越しいただき、音楽業界とは異なる視点からクラシック音楽の愉しみや東京フィルの魅力などを語っていただきました。(聞き手:松田亜有子)

クラシック音楽と出会う喜び

──本日はお忙しいところ、ようこそお越しくださいました。それぞれのお立場から「美」を追求されているお二人に、今日はクラシック音楽についてざっくばらんにお話しいただければと思います。

太刀川 : では、基本的なことから伺いますが、ナターリヤさんはもともとクラシック音楽がお好きだったんですか?

ナターリヤ : 6歳から音楽学校に通わされてピアノをやっていたんですけれど、好きになったのは大人になってからですね。太刀川さんはどうですか。

太刀川 : 僕は去年、仕事で東京フィルのブランディングに携わったのがクラシック初体験だったんですよ。それ以来いろいろ聴いてきましたが、ラヴェルが特に好きでよく聴きますね。楽器だとピアノが好きなので、ピアノ協奏曲も好きですね。ナターリヤさんも楽器としてはやはりピアノがお好きですか。

ナターリヤ : 私はヴァイオリンが好きなんですよね。自分がピアノを習っていたせいか、割と単調に聞こえるときがあって、ヴァイオリンの方が感情が出る気がして好きですね。

太刀川 : なるほど。じゃあ、なんで僕はピアノが好きなんだろう。ピアノはピアノで別の感情表現があると思うんですけど、タッチの感じで変わるんですかね。また基本的な質問になりますけど、ナターリヤさんはロシアの方ですよね。ロシアの音楽を聴くと特別に感じるものはあるんですか?

ナターリヤ : ありますね。特にラフマニノフとかチャイコフスキーなどには感じるものがあります。

太刀川 : これは僕が素人だからこそ感じたことなんだけど、これまで僕はクラシックの曲をどれも同じように”クラシック音楽”というひとつのジャンルで見ていたんですよ。だけど、民族性を軸に分解してみるとかなり違うことがわかってきて、今では逆になんでそんなふうに見えてたのかなって思う。ぜんぜん違うものなんですよね。だからこそおもしろいんですよね。

ナターリヤ : 民族性だけじゃなくてクラシック音楽には時代という視点もありますよね。必ず文化的な背景が息づいているし。文学も非常に近いですよね。

太刀川 : おもしろいですよね。いまって「クラシック音楽はクラシック音楽、絵画は絵画で楽しみます」という状況なのかもしれないけど、宮廷の中では一緒に体験されていて、その場所のために音楽を書いていたりするわけだから、それらが共振していたことは、まあ当然といえば当然じゃないですか。だからこそ、いまだからできるエキサイティングな音楽体験ってつくれそうな気がするんですよ。いまでこそドビュッシーの音楽と印象派の絵画は別々に楽しむものですけど、プロジェクションマッピング (建物や立体物をスクリーンとして、ビデオプロジェクターで映像を投影する技術とその技術を使ったパフォーマンスアート) で印象派の絵画を映像で流しながらドビュッシーを演奏したりするのもありだと思うんですよ。

ナターリヤ : すごく合ってますね。コンテンポラリーアートに合いそうなのはどういった作曲家なんでしょうね。

太刀川 : コンテンポラリーミュージックって、フォーマットを問題にしたんですよね。要するに拍がないとか、音階がないとか。コンテンポラリーアートも同じでフォーマットを問題にしているんです。コンテンポラリーアートは、既存のフォーマットに揺さぶりをかけることにフォーカスしたけど、コンテンポラリーミュージックも同じような展開をたどっているんですよ。ただ、現在も残っているコンテンポラリーアートって美しいコンテンポラリーアートしか残っていないんですよ。そう考えると、人って結局、美しいものや美しい秩序を求めることから逃れられないんじゃないかと思うんです。

ナターリヤ : 絶対にそうですね。人の生態に訴えかける、真にバランスのとれた調和(ハーモニー)しか残らないですね。音楽もそうじゃないですか。

太刀川 : そうですよね。だから、「フォーマットに疑いをかけながらも美しい音楽」ってありうるはずで、それがひょっとしたらコンテンポラリーアートに合う音楽なのかもしれないですね。ナターリヤさんはどんな音楽が合うと思いますか。

ナターリヤ : たとえばスクリャービンだったらどの時代の作品でも合うと思います。ロシア人でありながらロシア的なものにしばられていない、国際的・宇宙的な音楽だと思うので。美術作品を見ながら音楽を聴くのにどういう作品ふさわしいのか、矛盾しないような流れをつくらないといけないから難しいですね。

太刀川 : キュレーション (収集した情報をつなぎ合わせて新しい価値を持たせて共有すること) みたいな話で、この音楽に合うアートはどれかっていうのを、ひとつひとつ探っていくと結構おもしろそうな気がしますね。

「音楽」という物語

──お二人にとって東京フィルのコンサートはどんなことを考えながらの2時間なんでしょうか。

太刀川 : コンサートを聴いていても、とてもデザインを感じることがあるんです。デザイナーが問題にするのって、調和であるし、印象であるし、流れなんですよね。たとえば、このリーフレットでいえば、東京フィルが日本で一番歴史があって、一番規模の大きいオーケストラであって、そのプレミアムなオーケストラの定期会員券にふさわしいだけのプレミアムさを与えることと、そのデザインが音楽の源流から生まれてきているっていうのがベースにあるんだけど、それは表面に現れるデザインと背景のストーリーが調和したものなんです。
デザイナーとして音楽を見ていくと、指揮者がすごく特徴的なんですけど、指揮者によって全体の調和をどうやってつくるか、コンセプトがぜんぜん違うじゃないですか。第1ヴァイオリン全体がひとつの楽器になるよう流れを意識してディレクションをする人もいれば、一人ひとりが際立っている状態を良しとする人もいて。あれって、すごくデザインディレクションと似ているんですよ。譜面通りにデザインしたい人もいるし、その場所やホールごとの個性を出したい人もいるし。それが、とてもデザインに近しいものに感じられたんですよね。クラシック音楽はぜんぜん知らなかった領域なのに。

ナターリヤ : それはおもしろいですね、考えたこともないです。太刀川さんはそのことにどういうふうに気付いたんですか。

太刀川 : たしか、最初に気付いたのはカラヤンのモルダウと、外山雄三さんのモルダウを聴き比べることができたときですね。要するに、CDで聞いているカラヤンと外山さんのモルダウが全然違うものに聞こえたんですよね。僕が見たことのある指揮者の方は少ないですけど、指揮者の動きでもダン・エッティンガーさんはわりと指示的な感じですよね。パシパシパシと指をさして、ディレクションをされている。その結果、音楽のアウトプットとしては同じ曲なのに、指揮者によって全然違う曲に聞こえる。

ナターリヤ : 指揮者の動きに注目しているんですね。

太刀川 : そうですね、どうつくりたいんだろうと思って見ています。ナターリヤさんは何を見ていますか?

ナターリヤ : 今回のオペラ (第841回オーチャード定期演奏会) ですと内容を知りたいので、日本語の字幕を一生懸命追っていました。あとは歌う人の表情とか、体の動きは少ないけれども震え方とか、感情がすごく出ているので、歌う人のパーソナリティをすごく見てしまいます。

──リムスキー=コルサコフはロシア人作曲家ですが、彼の「シェエラザード」など聴いているときは何か特別な風景とかを思い出されたりしましたか?

ナターリヤ : 子どもの頃のフライング・カーペットの物語を思い出したり、昔話というか、アラブの国の物語や文化を思い出しました。去年、アブダビのコンテンポラリーアートフェアに行って、砂漠の中に大都会がある風景にすごく驚いたことも記憶にあるので。アブダビの人の洋服のスタイルやデザインは全く違うものなので、そういった内容を勝手に考えてたんですね。作曲家の何かというよりは、その国の風景が思い起こされて、その中身で何を言いたいのかっていうことを聞こうとしていますね。
あとは、ホール自体が非常にきれいなので、壁を見て木でできてるのかなんて観察したり。オペラシティなんてシンプルだけど、美しいですよね。

太刀川 : きれいですよね、オペラシティは。

ナターリヤ : 明るくて、暖かくて、きれいで。暖かすぎて寝てる人もいるけど(笑)。



ナターリヤ・ポリュリャーフ/ 株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所アソシエイト リサーチャー。
旧ソビエト連邦(現ロシア連邦)出身。ウクライナ、ベラルーシにルーツを持つ。東京大学医科学研究所 (The Institute of Medical Science, The University of Tokyo) にて研究者生活を送り、お茶の水女子大学で理学博士号を取得後、産業技術総合研究所を経て、2006年に株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所に入社。遺伝子情報の解析をしながら、老化防止のメカニズムの解明と応用を追求している。現代社会でキャリアを積む女性向けのアンチエイジング戦略「Pre-emptive transformation」で、“美容”や“不妊”の対策といった観点から研究を行う。

たちかわ えいすけ / NOSIGNER代表、デザイナー。
慶應義塾大学大学院理工学研究科にて、デザインを通した地域再生と建築とプロダクトデザインの研究に携わり、社会に機能するデザインの創出と、デザイン発想を体系化し普及させることを目標として活動している。新領域の商品開発やコンセプトの設計、ブランディングを数多く手掛け、数多くの国際賞を受賞。経済活動としてのデザインのみならず、科学技術、教育、地場産業、新興国支援など、既存のデザイン領域を拡大する活動を続けている。災害時に役立つデザインを共有する「OLIVE PROJECT」代表。


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