ホーム > インフォメーション > コンサートマスター近藤薫が語る、首席指揮者アンドレア・バッティストーニの「知性と野性」

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2018年2月7日(水)



コンサートマスター 近藤 薫 ©上野隆文


 3月の定期演奏会は、首席指揮者アンドレア・バッティストーニが登場。2016年に東京フィル首席指揮者に就任、3シーズンめを前に世界でもいっそう充実を深めるマエストロ。
 コンサートマスター近藤薫がバッティストーニとの共演を語ります。

<2018年3月定期公演情報はこちら。 





「いち音楽家の枠におさまらない総合芸術の担い手」
マエストロ・バッティストーニとの共演


首席指揮者アンドレア・バッティストーニ
©上野隆文

「マエストロはもともとオペラの指揮者だけあって、音楽だけでなくオペラや音楽の底にある文学作品や言葉への洞察が素晴らしく、リハーサルの場にはいつもマエストロ自身が導き出した答えを持って来ています。若いですが、いち音楽家の枠におさまらない、総合芸術の担い手だといつも感じさせられます。
 考え方や口調が落ち着いていて、その言葉のすべてが音楽につながっている。いっぽうで生み出す音楽には爆発的なエネルギーがある。物語の核心というものをいつも掴みだそうとしているし、核心にせまって、マエストロ自身の答えを出し、それに確信を持っていてリハーサルに現れる。それくらい研究しているだろうという説得力がある。作曲家の言葉とメロディやハーモニーをあわせて考えていて、両側面からスコアを読んでいますね」

――物語と楽譜、それぞれに対する深い読みがあると。

「オペラの作曲家はもちろん物語と音楽の両側面から考えて作品を作っています。バッティストーニも同じようにふたつの側面から捉えている。ですから、オペラという総合芸術においてマエストロは真価を発揮しますね。マエストロとは色々なことをディスカッションするのですが、マエストロが実際に話す言葉や内容、選ぶ言葉というのは、考え方が落ち着いているというか、年下とは思えないほど。話す言葉や口調、すべてが音楽につながっている。「知性と野性のバランスが素晴らしい」といいますか。
 言葉はどちらかというと知性を表すもの。音楽は野性。マエストロは両方持ち合わせている。話しているときと指揮を振っているときとでは全く表情が違います。お客様には見えないけれど、演奏中はものすごい顔をしています。いっぽう、話しているときはとても物静かだし、“口を滑らせる”ようなことはない。無口でもないのだけれど、いつも、とても知性的で、理性的で、論理的です」


――知性を野性に転化する力にも長けている、ということでしょうか。


2017年5月オーチャード定期より   ©上野隆文

「両方持ち合わせているということだと思います。僕らが主にやる「クラシック」という音楽のオリジナルな部分は、マエストロの故郷であるイタリアがルーツというか、その原点がイタリアに根差していたところが大きいと思います。そこからヨーロッパ各地に広がり、さらに世界中に発展し、ついに今アジアの一番端の日本まで来ている。そんなクラシックの原点みたいなイタリアの音楽家バッティストーニと、日本で一番古いオーケストラの東京フィルが一緒に仕事をすることで、何か新しいものが見つかるんじゃないかと彼に話したことがあるのです。
 まったく文化の違う人たちとの間で融合したときに、クラシック音楽はまた次のステップに行くだろうし、作曲家で、既にそういったことを予感して東洋を熱心に研究して曲もたくさん残している人もいます。20世紀の作曲家、21世紀の作曲家が積み上げてきた今の音楽シーンみたいなものがこれから新しい段階に行くだろうし、彼とそういう仕事ができることを予感していて、出会えたことがラッキーだと思っています。

 偶然とか、運がいいとか、そういったことは世の中にたくさん転がってる。それに気づいたり未来につなげていくことができるかどうかはその人たち次第。マエストロは東京フィルに頻繁に指揮しに来てくれるから、集中して一緒に仕事ができますし、そこで新しい道というか光というか、そういうものが見えてきている気がするのです。お客様にも伝わっているのではないかと思いますし、それを見失わないように進み続けなければならないと思っています」


見えてきているもの、感じているもの。


2017年の公演より   ©上野隆文

――具体的な形として見えているものはありますか?

「僕たちオーケストラは、作品を残すということはしない。芸術といわれるなかで、音楽というのは不思議なもので、形を残せない、一瞬で消えていくもの。けれども、その一瞬というのは、永遠にもなりうるわけです。たとえばお客様の中に残る衝撃であったり、感動であったり」


――その場に居合わせた人のなかに生まれて残ってゆくものですね。

「もしかすると、その中に東京フィルとバッティストーニのコンビじゃないとだめだ、これは、という演奏があるのかもしれないわけです。彼は、イタリアでもたくさんオーケストラを振っています。母国語を話せて同じ顔をして同じことを考えている人たちと仕事をできるチャンスがもちろんある。お客様もそれを聴きに行くということがもちろん、可能なわけですよね。けれど、そこで作ったものと、東京フィルが作ったものとは違うだろうと。マエストロと東京フィルだからできること、というものがあると思っています。
 日本の人は、アジア人、東洋人としてすごく高いレベルでクラシックに取り組んでいると思います。お客様も演奏家もそうだと思う。すごく成熟している。だから、今、時が来ている。という感じがあるんです」


――いまに生きる人たちだからこそできることがあると。

「僕の話になってしまいますが、僕は、この世に生を受けたからには、「生かしてもらっている」と思っていて、「命を燃やす」ということを考えている。自分の命を燃やせるのは自分しかいないんです。燃え方というのも人それぞれだと思います。それで何かが成し遂げられるかどうかというのもよくわからない。ひとりの人間ができることというのは微々たるものだと思うんです。でも、世の中に1ミリでも何か貢献できることがあるのなら、それはすべきだと思う。優れた音楽家はそういうふうに考えているところがあると思うんです」


――「命が燃えているような」。いいですね。

「そうですね。マエストロとはそういう次元のところで、対話をしていきたいなと思っています」


――マエストロとのディスカッションで「命を燃やす」という感覚を感じることはありますか?


NHK「ららら♪クラシック」収録の合間に、
バッティストーニ(奥)
 

「うーん。マエストロは生きていくことに対して、人生の意味みたいな彼なりの考えをもっているように思えます。あるとき、マエストロと道を歩いていたら小さなクリップが落ちていたんです。なんてことないクリップでしたが、彼はそれを拾った。ケチっていう意味じゃなくて、僕が感じたのは、彼が見ている世界というのは人なり物なりというものがちゃんとつながっているというか、一つの共同体とか、運命とか、そういう大きな一つのものとして世界を捉えているのかな、と思ったんです。

 人と人が何で結ばれているかについては、色々な人がいろいろなことを考えていると思うのだけれど…、たとえばお金で繋がっているという人、共通の趣味で繋がっているという人もいる。そういう中で、バッティストーニからは、自分と社会とのかかわりにおいて、世の中が一つにつながっていると思っているように思える、とてもあったかい何かを感じました。人間がとてもあったかい人なのだと思うのだけれど。クリップを拾ったのも、僕からすると石畳の上にちょっと“さみしそうに”落ちているクリップを助けてあげたように見えた。とっても寂しそうな子供を助けてあげたように見えたんです。かれはちょっと照れていて、『これは指揮者にとっては大事なことだから』と言っていたのだけれど、僕は「ほっこり」してしまったんです。

 マエストロ自身の生きていくことに対する考え方がそこに浮かび上がっているような気がして、そういった人間的な魅力も、マエストロと一緒に音楽を作って行きたい、一緒に何かが成し遂げられるだろうと思わせてくれる大きな理由だと思っています」


(2018年1月のインタビューより)


アンドレア・バッティストーニ指揮3月定期演奏会

【残席わずか】

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3月7日[水]19:00開演(終演予定21:00)
東京オペラシティ コンサートホール
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3月9日[金]19:00開演(終演予定21:00)
サントリーホール
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3月11日[日]15:00開演(終演予定17:00)
Bunkamuraオーチャードホール

指揮:アンドレア・バッティストーニ(東京フィル首席指揮者)
ピアノ:小曽根真*
ドラムス:クラレンス・ペン*
エレクトリック・ベース:ロバート・クビスジン*


グルダ/コンチェルト・フォー・マイセルフ*
ラフマニノフ/交響曲第2番


※終演時刻は予定のため、変動することがございます。予めご了承ください。


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