ホーム > インフォメーション > 井上道義&大井浩明、クセナキス『ケクロプス』日本初演を語る!

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2022年2月10日(木)

 

 東京フィルハーモニー交響楽団の2022年2月定期演奏会は、6年ぶりに定期登場の井上道義が指揮、エルガーの演奏会用序曲『南国にて』、得意のショスタコーヴィチ「交響曲第1番」とともに、生誕100年に当たる作曲家イアニス・クセナキス(1922-2001)の「ピアノ協奏曲第3番『ケクロプス』」(1986)を大井浩明のソロで日本初演する。2人の縦横無尽な「クセナキス」談義を可能な限り、文字で再現してみよう。

取材・執筆=池田卓夫(音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®)/ 写真=寺司正彦




井上道義(以下、井上)  大井君は僕の100倍くらいの異端児。彼にも自覚があるから、すごく努力をして、クセナキスみたいな音楽で世界に認められたのです。アートの現場には、そういう人が必要でしょう。

大井浩明(以下、大井)  京都大学のオーケストラでチェロを弾いていたとき、井上さんがJ・シュトラウスの『こうもり』序曲とマーラーの「交響曲第5番」を振りにいらしたのが初対面です。その時、マエストロはイタリアから帰国した直後という理由で学生を相手に1時間以上イタリア語でリハーサルをされまして、全員が呆気にとられたのです。マーラーの「5番」は、さらに強烈な体験でした。


―― お二人がピアノ協奏曲で初共演したのは1993年、東京都交響楽団とだそうですね。クセナキスでは1996年に東京と京都で3回にわたり演奏されたピアノ協奏曲第1番『シナファイ』が最初。京都での演奏はテレビ放送もされ話題になりました。

大井  『シナファイ』のピアノ独奏は、最初はただただ難しくて「ウワッ」と。京都での演奏は地元のテレビ局がきちんとした映像に残していて、その映像をクセナキスの楽譜を出版している出版社のサラベール社を経由してクセナキスの手元に届いた。すると「日本の人々の演奏の方がうまい」といい、サラベール社が提供するいわゆる「参考音源」として採用されたそうです(編注)。


(編注:1997年、サントリー音楽財団サマーフェスティバル1997での『シナファイ』演奏に際し、ソリストを務めた永野英樹氏がサラベール社から前年の大井氏の演奏録音を「模範演奏」として提供されたというエピソードがある(『レコード芸術』2003年1月号より)。このときの管弦楽は岩城宏之指揮東京フィル)


 


クセナキスのピアノ協奏曲第1番
『シナファイ』の作曲家による配置指示

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クセナキスは一部の作品でオーケストラの楽器配置に特殊な指定をしています。『シナファイ』では、ステージ上に縦に4分割された「α / β / γ / Δ」の4つのグループによる音像の移動効果が企図され、1996年の演奏ではその指示に従いました。ところが、初演者のジョルジュ・ブルーデルマッハーに後日尋ねてみたところ、1970年の世界初演以来、どうやら誰も、スコアの指定を守って演奏はしなかったようです。

 1996年の井上さんの演奏が作曲家の指定通りの配置だったため、クセナキスが驚き、賞賛したのだとも考えられます。井上さんの指揮だと、例えば『シナファイ』開始直後の、弦楽器がハーモニクスを重層させる何気ないパッセージでも、長い手足でワナワナ指揮すると、「風の谷のナウシカ」の腐海の底みたいな凶々しい電磁波が炸裂する感じ。ヨーロッパのオーケストラでそういう響きは聴いたことはありませんでした。クセナキス作品にあっては、スコアに書かれている音そのものの身振りを直観的・直截的かつエモーショナルにオーケストラへ伝える必要があり、そのあたりが井上さん指揮の「次元が違う」所以だと思います。



井上  クセナキスの楽譜を見て思うのは、確かに建築家ならではの「初めに形ありき」、造型を感じます。時間の経過は重要でなく、スコアの左から右に形を書き連ね、形、土台、装飾…と施工し、コンクリートを流し込んでいく。問われるのは、コンクリートの品質だけです。


―― 今回、東京フィルと日本初演する『ケクロプス』についてうかがいます。




大井  ギリシャ神話の世界では、半人半龍の初代アテーナイ王がケクロプスです。50年間の治世にギリシャの文明を開化させた名君ですが、いずれにしても、タイトルは神話そのものとはあまり関係ないです。ピアノ協奏曲に便宜上与えた題でしかありません。

井上  武満徹のネーミングと似ています。彼も、言葉として非常に魅力的に響くのですが、楽曲にはごく一部「それを表すように聴こえなくもない」主題があるだけで、作品をミステリアスに仕立てていました。

大井  クセナキスで面白いのは、各ジャンルの主要作品をだいたい3曲ずつ書いていて、それぞれの創作時期の作風を象徴していることです。演奏時間は17分くらいだと思います。

井上  この曲はピアノ独奏もオーケストラも複雑な譜面で、演奏が非常に難しいのだけれど、大井くんは天才的に読譜が早い。彼こそがきっと、ケクロプスに違いない! でも、聴く側にとってはとにかく「子どもにもわかる作品」です。このことはぜひ強調してください。クセナキスは音のつくりからして「メロディー、ハーモニーがわからない」と、大人たちは気にしますが、子どもにははっきり、“形”が見えますから。




大井  本当に実験したことがあります。私が演奏した『シナファイ』のCDを友人が購入して自分の子どもに聴かせ、5歳から数年ごと、反応を“定点観測”したそうです。最初は母親に毎日せがんで再生させ、ホルンの突出に合わせて踊っていたりしたそうなのですが、成長するにつれ「こういうヴァイオリンの弾かせ方はおかしい」等と言うようになって、離れていったそうです(笑)



―― 今回のクセナキス作品の“みどころ”を一言で表すと?


 

大井  「レーザー光線を出すマエストロと仏頂面の大井」(笑)。演奏が大変で“顔芸”している暇がありません。

井上  メチャクチャなプログラムで全員が大変ですが、東京フィルの「現在」を表現できると思います。




―― そのクセナキスと一緒に取り上げる、エルガー『南国にて』とショスタコーヴィチ「第1番」についてはいかがでしょうか。


井上  ショスタコーヴィチの「交響曲第1番」は東京フィルから「ショスタコーヴィチをメインにお願いします」とリクエストがあり、決めました。数多く指揮してきた作曲家ですが、「第1番」はかつて千葉県少年少女オーケストラが素晴らしく演奏し、その録音も存在するので長く遠ざかっていました。東京フィルとは共演が非常に久しぶりなので、もう一度この「第1番」にちゃんと向き合うことにしたのです。

 エルガーの『南国にて』の副題は「アラッシオ」、イタリアの保養地です。僕は1971年にスカラ座主催のグィード・カンテッリ国際指揮者コンクールで優勝した直後、遊びに行きました。その後、ロンドンを訪れた際に副題を知り、一段と好きになったのです。親友の尾高忠明さん(東京フィル桂冠指揮者)は「エルガーの名指揮者」と言われているので、僕もエルガーで勝負します。他に類例のない「3色アイス」のプログラムをぜひ、お楽しみください。


―― ありがとうございました。


【特別記事】

 ▷ 【クセナキス生誕100年】『ケクロプス』日本初演によせて「クセナキスの夢想が現実になるとき」(文=野々村禎彦)
 ▷ 【特別記事】クセナキスが語る『ケクロプス』 イアニス・クセナキスによる「半人半龍」

2月定期演奏会

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2月24日[木]19:00開演(18:15開場)
東京オペラシティ コンサートホール
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2月25日[金]19:00開演(18:15開場)
サントリーホール
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2月27日[日]15:00開演(14:15開場)
Bunkamura オーチャードホール

指揮:井上道義
ピアノ:大井浩明*

エルガー/序曲『南国にて』
クセナキス/ピアノ協奏曲第3番『ケクロプス』*(1986)〈クセナキス生誕100年〉日本初演
ショスタコーヴィチ/交響曲第1番

公演カレンダー

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