ホーム > インフォメーション >  【クロスオーバー・トーク】東京フィル with 坂本龍一

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2014年7月1日(火)




坂本作品へのアプローチ

三浦 ぼくは今年が初参加です。ごめんなさい、坂本さんの音楽ももちろん映画で耳にしてはいたけれど、正直なところ、ほとんど知らなかった。だから本当にすべてが初めて。ぼくは大学生くらいからプロになろうと思って、クラシックを一所懸命勉強していたから(笑)。


 タイミング的に、ぼくの世代は中学に入って少し経つ頃でしたから、みんな最先端に行きたくて、ウズウズするじゃないですか。


船迫 私はYMOはリアルタイムじゃないんですけれど、20代の頃からいろいろな音楽を聴くなかで、さまざまな繋がりからYMOや坂本さんの作品をいっぱい聴いていました。


──青春時代から親しんでいた曲をご本人と共演するのは、どうしたって特別な感動や想いがあるでしょう?


 まず不思議な感じがして……。いまだに不思議な感じです。


──逆に、三浦さんはあくまで現代の作曲家の一人として向き合うわけですね。



©上野隆文

三浦 そうです。まったくのゼロからの出会いでしたが、個人的にもその音楽、そして「音楽家坂本龍一」に非常に共感を覚えて弾いていますね。


坂本 ・・・(静かに手を合わせる)。


三浦 それはもうジャンルに関係なく、定期演奏会で「この作曲家はすばらしい」と思ったり、初めていっしょにやる指揮者に共感を覚えるのとまったく同じ感覚です。


──指揮者として、さまざまな想いをもった人々、80人にもなる大勢の演奏家の前に立つというのは、坂本さんにとってもやはり独特の感覚でしょうか?


坂本 オーケストラってよく、「東京フィルハーモニー交響楽団」というようにひとつの名前で代表されていますけれど、本当にひとりひとり、ぼくと同じように個性をもった個人の集まりなので、それが力を合わせて出す音の厚みはすごいですよ。他の形態では表せない、独特の音楽の深みがあり、濃密ですよね。物理的にも本当に小さい音からフォルティッシモになったときの幅は、他では出せない魅力がある。そして、音色も多様ですよね。最近のシンセには1台に何千ものプリセットが入っていますが、まったく敵いようもない。
 また、おんなじ譜面をおんなじように弾いても毎日異なります。音楽というのは絶対に、生でやるのが基本。過去に書かれた楽譜が音楽としてその瞬間にまた生き返る。創生する、生き直すというのか、毎回毎回それをくり返す。それが音楽のおもしろいところかなと思う。たとえば、写真や絵は固定してあるものですが、音楽の場合は演奏しないと音が出てこない。そのたびに再生して、変わっていくわけですよね。息を吹き込まれるというのかな。そこがまさにオーケストラならではのおもしろさで、それをいま私は満喫させていただいていますよ。


──シンセサイザーであれピアノであれ、ご自身で楽器を弾くときと比べて、オーケストラの指揮では、人を直接奏でる、人を演奏しているというような独自の感覚はありますか?



坂本 うん。やはり自分で音を出すのとはまったく異なりますね。やはり人に弾いていただくわけだから、100%完璧に伝わることはないです。言葉のコミュニケーションと同じで、2人の人間がいたらお互い100%の理解ができるということはまず無理なんです。けれども、その100%いかないのがまたおもしろいところで、100は伝わっていないけれど、120が出てきちゃったりするわけですよ。


一同 ああ。



©上野隆文

坂本 ちょっとした誤解やズレがよい効果を生むことが多いわけです、いい関係であればね。今回の共演ではそれを感じています。ぼくが思っていることを強引に、ただそれだけ再現するのならば、精巧なロボットみたいなのを造れば完璧な演奏ができちゃうと思うけれど、それでは音楽にならない。こちらの意図と多少違っていても、その瞬間に「あ、それはいい音楽だ」と認める寛容さというのかな、それがお互い必要な気がするんですよ。であればこそ、「わっ、ちょっと違うけれどいいものが出てきちゃった」というスリルがあって、興奮も生まれる。青写真どおりの音しかできなかったら、ちょっとつまらない気がしますよね。


──自作にまた新しい顔がみえてくるというか、表情や趣が加わっていると感じますか?


坂本 毎日みえてきますね。たとえば、今回の共演のためにニューヨークの自宅で、何週間も前に準備をしてきたわけです。音符を書きながら、こういう音が出てくるだろうとイメージしながら。それがリハーサルが始まって、回を重ねるごとにどんどん変化していく。「これ、こんなに深い曲だったっけ」って、自分でもびっくりしたりしますよ(笑)。


一同 ははは(快笑)


坂本 「こんなにすごかったっけ」って自分でいうのはおかしいですけど、そういう深いところまで連れてってくれるので、ぼく自身ちょっとどきどきしちゃいますね。


──演奏する立場からみて、多種多様な作曲家の作品を演奏する体験のなかで、坂本龍一作品を演奏することの醍醐味、おもしろさ、喜び、悲しみ、苦しさなどをどう感じていますか?


船迫 ああ。作曲された方がそこにいらっしゃって、そこから音楽を通してコミュニケーションがあり、みんなが創っていく。それだけでもう、すごいことだな、と私は思います。


三浦 坂本さんの音楽それじたいが、やっぱり深いところを感じさせてくれますから。音がきれいとか、耳に心地いいとかではなく、やはり人間の心や感情に訴えるものがある。バロック時代の王様のためのものは別として、クラシックでも残っている作品というのはだいたいそこに魅力がありますよね。しかも、作品によさがあっても、それだけで誰にでも演奏できるものでもなくて。坂本さんが目の前で体現して、指揮をされたり、ピアノを弾かれたり、そのちょっとしたところからも作品に対する思いをぼくらは受け取っているわけです。

作曲家~演奏家~聴衆によるひとつの「円環」


©上野隆文

 現代からモーツァルトまで、オーケストラの作品は多様ですけれど、最終的には聴衆を前にしての「コンサート」という形態になるじゃないですか。そのときに聴いている人たちが、音、音楽、空間を共感できて、共鳴できて、初めて気持ちが動いて、涙したり喜んだり、本当にうきうきして帰ったり。そういう瞬間があるからこそコンサートって成立するものだし、そのフィルターを通して、どれだけ気持ちに訴えるものがあるかというところで、よい作品とそうでない作品が分かれていくのかなと思うんです。それは、ぼくらが一つ一つの音を出す瞬間に、聴衆と同じようにその作品に共鳴し、共感しているかどうかでも違ってくる。もちろんモーツァルトとは共演できないわけですけれど、坂本さんとはいまこうしてごいっしょしていて、その作品に関しては直接空間を共有できたことで、より理解が深まっているのは事実です。共感がより深化する感覚は、このツアーの間にもどんどん進化していると、ぼくはメンバーをみていても思います。


──オーケストラも創立100年でしたが、東京フィルの今後のレパートリーとしても坂本作品を大事にもっていきたいと思いますか?


三浦 ぜひぜひ。ぼくがいまいちばん思っていて、しかもなるほど結果が充実していると思うのは、同じステージでいっしょにやっているという喜びがあること。指揮者はいろいろと指示を出す役割ですけれど、やはりね、「いい指揮者と共感していっしょに音楽をつくっている」という感覚があるときにオーケストラっていきいきする。逆に無理に合わせているようだと、ものすごくまとまって傷がないとしても、不自然な感じが音に出てしまう。しかも今回はツアーだから、演奏を重ねるよさがあって、「いっしょにステージをつくっている」という、その感じがいいから、だからぜひまた共演したいと思うんです。指揮者にかぎらず、音楽家って、いっしょにやって楽しいし、うれしい人っているじゃない(笑)。失礼な言いかたになるかも知れないけれど、かんたんに言ってしまえば、ぼくは個人的にそういうイメージです。


坂本 いや、ぜんぜん失礼じゃなくて、うれしいです。昨年、十数年ぶりにオーケストラと共演するために、ずいぶん時間をかけて譜面を直したり、新しくオーケストレーションしたりしたんですけど、実際に音を出してみると、毎回気がつくところが細かくあって。だから今年のツアーのためにもかなりたくさん、半分以上の曲を手直しはしたんですよ。それでも、毎日毎日、「ここはこうしたほうがいい」ということが細かく出てくるので、自分の勉強にもとてもいい機会になっています。この歳になってもまだまだいたらないところがあって、気づくことがたくさんある。やっていて楽しいし。
 それと聴衆の心に届いて初めて成立するという話はね、ぼくもこの10年ちょっと、とくに思っていることで。というのも、譜面というものは言ってみれば座標みたいなものですよね。作曲家という人種は、紙にきれいに点を置いて、いかにきれいな線を書くかというところまでで、書いたらもう自分の仕事は終わりという感覚がすごく強い。


三浦 うん、わかります。たぶんそうだろうなと思う。現代音楽のコンクールとか、ぼくらもよく経験するけれど、そういう見た目がきれいな譜面が書類審査に通りやすいという(笑)。


坂本 まだ演奏する人のことを考えて書く人はいいですよ。そうしたほうがいい音が出てくるし。だけど、聴く人のことまでを考えて書いている人は、なかなかいないですよね。
 だけど、この10年ちょっとくらい、ぼくが本当に思っているのは、どんなジャンルの音楽でも、聴衆の心に届いて初めて音楽というひとつのものが成立する。輪がひとつ繋がるというか。曲を書く人がいて、演奏する人がいて、それが聴く人に届いて、ひとつの円がまとまる。そうしないとやっぱり音楽にならないと、強く思うようになってきたんです。そのことを教えてくれたのは、実はチェリストの藤原真理さんでしたが、今年オーケストラのなかになぜかいるのでびっくりした(笑)。彼女といっしょに音楽をするなかで、気がついて、だんだんそういうふうに考えるようになってきました。だから今回も、指揮をするのでぼくは後ろ向いてますけれど、聴き手からの波動をビシビシ感じていて、エンジョイしてくれているなとわかります。


三浦 そう、どのコンサートでも最後にはかならずスタンディング・オベーションがある。それもお客さんが本当に感動して喜んでくれて、愛想でやっているようなものじゃない。


──老巨匠だからというものではないですよね。


坂本 まだ、そこまでは行かない(笑)。


──客席で強く感じたのは、坂本さんの音楽を聴きに集まっているのは本当にいい聴衆だということです。積極的に聴きとろうという思いからか、なにか会場の空気や緊張感が独特な感じがします。他のコンサートと比べて、すごくあったかいんですよ。


坂本 うん、うん。


 緊張というよりは、集中していらっしゃいますよね。作品の世界に、完全に入りこんでいる。すごく気持ちのいい世界に、深いところまで入られている気がする。1曲目が終わって拍手がこなかったとき、ぼくらはびっくりしましたけれど、あの瞬間には拍手なんていらない、というみんなの共感があったから、誰も拍手しなかったんだと思うんです。


坂本 とくに第1部はね。深く入っていって、深いまま終わっちゃうから(笑)。


船迫 休憩のアナウンスで、はっと現実に戻るというか。


 「そうだ、これ、コンサートだったんだ」って(笑)。





特別記事・演奏会プログラム冊子について


本記事は定期演奏会と「午後のコンサート」にてお配りしているプログラム冊子(6月号)に掲載の特別記事「東京フィル with 坂本龍一」のロング・バージョンです。
東京フィルのプログラム冊子では出演者プロフィールや曲目解説のほか、最新のトピックや、本記事のようにウェブサイトと連動した記事も随時掲載しています。7月の定期演奏会でもお楽しみに!



7月の定期演奏会


©Mayumi Nashida

7月17日(木) 19:00 開演
東京オペラシティ コンサートホール

7月18日(金) 19:00 開演
サントリーホール

指揮:大植英次

シューマン/交響曲第2番 ハ長調 作品61
ブラームス/交響曲第2番 ニ長調 作品73


ワールド・ツアー・メディア掲載情報
2014年3月、東京フィルは大植英次とともに6か国をまわる創立100周年記念ワールド・ツアーを行いました



©Martin Richardson

©K. Miura

7月21日(月・祝) 15:00 開演
Bunkamura オーチャードホール

指揮:尾高 忠明
ピアノ:清水 和音 *

リャードフ/魔法にかけられた湖 作品62
プロコフィエフ/ピアノ協奏曲第3番 ハ長調 作品26 *
ラフマニノフ/交響曲第2番 ホ短調 作品27

※指揮者・曲目が変更となりました。

公演カレンダー

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