ホーム > インフォメーション >  【クロスオーバー・トーク】東京フィル with 坂本龍一

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2014年7月1日(火)




オーケストラ演奏の醍醐味

──コンサート全体をひとつの時間の流れとして、演奏者も聴衆もいっしょに生きていくわけですが、今回のプログラムを組むなかで、どんな流れを考えられたのでしょうか。


坂本 最初の3曲の流れがそうですけれど、「これはやりたい」という自意識のあることは、なるべく先のほうにやってしまって、後半は聴衆へのサーヴィスという面がありますね。そう言いながらも、やはりオケで音が出てくると本当に迫力があるので、ぼくもつい興奮しちゃうんですけど。


──すると実験的な「アンガー」などは、やはり2年目だからこその選曲と言えますか?


坂本 「アンガー」はね、今年の2月に、ロシア人の若い女性のジャーナリスト2名がぼくにインタビューしにやってきて、「『アンガー』は最高」とか言ってるわけ。ロシア人がですよ!(笑) 昔からけっこう若い子に評判がよかったんです、リミックスがいくつもつくられたり。それで、しばらく忘れていた曲だったけれど、「そうか、こんどやってみようかな」と思って。オーケストラでやると、これがまたいいんですね。演奏するみなさんは、実はかなりたいへんだと思いますけど(笑)。


船迫 ……はい。


三浦 たいへんです。


坂本 すごく強度が必要なので、こちらも気を抜けず、難しいですけどね。ただ、このオケのみなさんなら、なんでも弾けちゃうんだろうなあ、ということはよくわかりました。これで味をしめて、もう少し難しいものもやろうかと(笑)。


──次にプロジェクトが続くときには、オーケストレーションのときにも東京フィルの存在を感じながら、つまり個々のプレイヤーを思い描いて書くことになるかも知れない、という期待はありますか?


坂本 もちろん、そうなると思いますよ。やらせていただけるなら、次もぜひ三浦さん、コンマスで。この3人は確定でお願いします。



©上野隆文

──坂本さんのピアノについては、共演者としてステージでどんなことをお感じでしょう?


三浦 あのピアノの音を聴いていると、ぼくらはもう息をのみますよ。坂本さんのピアノはやっぱり、オーケストラの響きに研ぎ澄まされた感覚を与えてくれる。


船迫 本当に、そうです。


──ですが、たとえば「戦場のメリークリスマス」で、ピアノが響き始めると、聴き手の気持ちはもうぜんぶもっていかれてしまいます。それはちょっと悔しくはないですか?


船迫 ぜんぜん。また聴けて、うれしい。


 できれば聴いていたい。吹いてる場合じゃないよ(笑)。


坂本 ぼくも客席で聴きたいですよ(笑)。一生に一度ぐらいは。無理だけど。


──今回のレパートリーやアレンジのなかで、それぞれの楽器パートからみて、ここが印象的だというポイントは?


三浦 やっぱり「ラスト・エンペラー」や「シェルタリング・スカイ」で、ヴァイオリンに本当に人間の叫びみたいなものが込められるとき。専門的に言うとすごいスローボウで、ゆっくりな弓づかいで音を出すところ。


 「シェルタリング・スカイ」のリハーサルをツアー中にしたとき、坂本さんが「もっともっと」とおっしゃったじゃないですか。あの瞬間に、チョン・ミョンフンがリハーサルで、「もっと深い音で、もっと音楽の根を掘って、深いところから音を出してくれ」という要求をずっとされていたことを、ぼくは思い出していました。


三浦 うん、うん。


坂本 あの曲のリハーサルをしたときに、第1ヴァイオリンなしで、メロディーは休んでいただいて、「和音だけでもう、胸が張り裂けるような音にしてください」って言って。で、ちゃんとそうなりましたよね? そのうえにメロディーが乗っかるともう、濃密さがぜんぜん違っていて。あれはやっぱり、ぼくにとっても大きな経験でした。


三浦 とくにぼくら弦楽器は弓で弦を擦るから、管楽器やピアノとは音を出すシステムが違う。弓の擦りかた次第で音が出る。擦り続けなきゃいけないわけだから、もちろん摩擦音のような少しざらついた感じの音が出てしまうことがありますね。耳元できれいな音を出すことはかんたんではあるんだけど、いま坂本さんが濃密さという言葉をおっしゃったように、そこでいかに音の実体というか、音の芯というものをを出すかということを、ぼくもいつも目指している。とくにオーケストラは弦楽器の人数が多いから、ひとりひとりがやるだけで、ものすごい音になる。コンサートマスターとしていつも目指してることを、坂本さんが指揮で要求してくださったし、曲のなかにすでに、そうしなければならないテンションというのか、求められるなにかがある。たとえば、ゆっくり長く弾くところでも、音量がほしいなら弓をバーッバーッて返して弾く方法もある。だけどぼくは敢えて、「みんながんばれ、ゆっくりな弓でがんばれ!」という意図でやっていました。


坂本 まんなかに立って聴いていると、弦のセクションの前列の方が大きい。近いから大きく聴こえるし、実際に音量も大きいんだと思うんです。ある程度大きく弾いて、自分で引っ張っていくという使命ももっていらっしゃる。だけど、やっぱりみんなが同じヴォリュームで弾かないと、せっかく十何人いる濃密さが出てこないわけ。みんなが一丸となって、ひとりひとり個性は違うんだけど、深く気持ちを入れると、すごいんですよ。響きの塊の、強さが。


三浦 そこまで出せって、いい指揮者はみんな言いますね。


坂本 そう、だからいちばん奥まで、なるべく聴くようにしています。「塊で来い! 来い!」と思って(笑)、みんなの顔をみながらね。


三浦 それはもう、指揮者の真髄をもう完全に把握なさってますよ。初めてにして。すごいな(笑)。


 ホルンはね、演奏会後半に進むにつれて、だんだん盛り上がってきて、それに比例して口が痛くなってくる(笑)。ぼくはもう、長いこと坂本さんの曲を聴きこんできたので、どの曲にもいろいろと思いがあります。だからいつも以上に、セクションへの指示が多くなりますね。「そこ、そうじゃないから。こうだから、ああだから」って。そんなことブラームスのときには言ってないよ、って(笑)。



©上野隆文

船迫 去年の経験があるので、私もセクションに「ここはこういうマレットで」というようなことは予備知識的に話していました。個人的にとくに好きなのは、「ボレリッシュ」のマリンバですね。打楽器って、バチや腕を上げてから音が出るまでの時間に、いろんなことが起こるんですが、坂本さんが指揮されると、変なストレスやプレッシャーがほとんどない。単なるタイミングだけではない「呼吸」がわかり合えるので、自然なストロークで音が出せる気がします。


坂本 うん、呼吸がね。

夢は世界へ

──今回のコラボレーションは、それぞれの音楽人生に今後どのようなものをもたらすことになるでしょう?


船迫 今回のツアーで、自分の出す音に対して、いっそう耳が研ぎ澄まされた感覚があります。まわりの音もきちんと聴きながら、自分の音もきちっと聴いて、それを演奏に反映させるという基本的な作業をさらに一段階、ここで勉強させてもらったなと。


 いい作品、いい指揮者と、音を出した瞬間の雰囲気や空気……。いい体験は「いい思い出」みたいに、ひとりひとりのなかで純化していくもの。音楽家としてはそういう瞬間をこのツアーでもてたこと自体がうれしいです。自分の記憶や身体のなかに沁みて残っていくに違いないそういう経験を、これからもしていきたいなと思います。


三浦 ぼくはね、初めて坂本龍一さんといっしょにやって、音楽にとって大事なものはなにかというのを再確認したかな。坂本さんの音に対するイメージ、感覚はもう、すばらしい。音楽って、なにが大事かといえば、やっぱり自然なことがいちばんじゃないですか。作為的であってはならないとぼくは思う。坂本さんはそれを体現されていて、音楽家としていちばん大切なことが共感できたから、いっしょにやっていて楽しかったし、ぼくは感動した。それは音楽の大事なところで、定期演奏会などでベートーヴェンはじめ古今東西の名曲を演奏するときも、そういう感動をお客様に届ける義務がぼくらにはある。今回と同じ感覚で演奏すれば、クラシックはどこか遠いと思っている方に初めて聴いてもらったときにも、このツアーでぼくが坂本作品を演奏して感じていたのと同じ感動を絶対に届けられるはずだ、ということを、いま強く思っていますよ。


──かけがえのない大切なものを思い出させてくれる。そんな言葉がオーケストラの弦・管・打、3つのセクションから寄せられましたが、坂本さんはどのような言葉を返されますか?



©上野隆文

坂本 どんなジャンルの音楽でもそうですけれど、破綻のない演奏をやろうというときと、破綻云々ではなくてどこまで深くなれるか。結果的には仮にちょっと破綻しても冒険しようと思ってやる場合もありますが、それはね、そういう仲間がいればそこまで行くんです。これはもうお互いの力量で、相性というか、技術も含めてのことなんですよね。


──要求はどんどん高くなるわけですね、お互いに対して。


坂本 そうです。でも、そういう邪心があると(笑)、いちばんだめなんですよ。深くやってやろうとか、そんなことを考えちゃだめ。そのときの純粋な気持ちでやらないとね。


──ピアノを弾くのに加えて、今年のツアーでは指揮の役目が加わりました。


坂本 最初は譜面がめくれなくて。「弾きながら、指揮もしながら」ができなくて、たいへんだったんですけど(笑)、そういう手順みたいなものには慣れました。いっしょにやっているオーケストラのみなさんも、きっとやりにくい面はあるかも知れませんけれど、でも、呼吸が合うので。本当にもう、自分の呼吸をちゃんとやればみんなが合う。すると、聴衆も実は合ってくるんです。で、呼吸を止めると、止まってる(笑)。呼吸を止めていると、緊張が高まって、それだけリリースしたときも深くなりますから。まあ、呼吸さえ合えば、どこまででも行けるような気がします。それと、指揮って舞踏に近い。踊りなんじゃないかな(笑)。


三浦 いまのは意外と深いな。ぼくもちょっとよく考えてみよう。そうかも知れない。点がぜんぶちゃんとわかればいい指揮で、アンサンブルが合うっていうわけじゃないものね。


坂本 そうなんですよね。ぼくはべつに指揮者になろうという気はないですけれど、亡くなったアバドやクライバーをみていると、本当にきれいな弧を描く。「ああ、こういうふうにやるんですね」「こういう音がほしいんだ」っていうのがみていればわかりますよね。ぼくにはもう本当に踊りに近いものにみえる。まあ、ぼくはちょっと照れ屋なんで、そんなにかっこつけてはできないですけど(笑)、そういう気持ちをもとうとはしています。


──これからの東京フィルとの演奏に、指揮者として、また作曲家として期待するのはどんなことですか?



©田島一成

坂本 そんな上から目線なことは言えません(笑)。すばらしいオーケストラだと思います、本当に。映画音楽とかポップスのジャンルのミュージシャンにもびしっと相対してくれることに感謝するだけでなく、2年続けてやってみて、あの曲もオケでやったらいいかもしれない、という発想がどんどん湧いてくるんです。オーケストレーションに磨きをかけてもっといい響きにしなきゃと、大いに励みになりますよ(笑)。


三浦 坂本さんのオーケストレーション、東京フィルの演奏で、初めて聴く人も感動できるコンサートをこれからも──次はもう世界で。ねぇ?


坂本 ぜひやりたいですね。これ、イタリアでやったら、受けますよ(笑)。


三浦 そういう夢はぼくらにもあるな。今回のコラボレーションは確かな始まり。さらなる可能性を感じています。


エピローグ

 ツアーのひと月後、アルベルト・ゼッダが指揮するサントリー定期で、とくにマリピエロのすばらしい演奏を聴いていると、イタリアで公演したら成功する、と坂本龍一が語っていたことの意味がすんなりと腑に落ちてきた。夢はイタリア、と語る音楽家たちの熱を帯びた微笑みとともに。クラシック音楽のリスナーも、坂本龍一ファンも、映画音楽の愛好家もみな、素直に共感できる響きがそこにはあるのではないか。たんに映画監督ベルトルッチと坂本龍一のスコアを生んだ国ということだけでなく、そこからヨーロッパに歌いかける魅力が、坂本龍一の音楽と東京フィルとの演奏には自ずと備わっているように思えた。もはや夢などではなく、物語はすでに始まっているのだと──。




特別記事・演奏会プログラム冊子について


本記事は定期演奏会と「午後のコンサート」にてお配りしているプログラム冊子(6月号)に掲載の特別記事「東京フィル with 坂本龍一」のロング・バージョンです。
東京フィルのプログラム冊子では出演者プロフィールや曲目解説のほか、最新のトピックや、本記事のようにウェブサイトと連動した記事も随時掲載しています。7月の定期演奏会でもお楽しみに!



7月の定期演奏会


©Mayumi Nashida

7月17日(木) 19:00 開演
東京オペラシティ コンサートホール

7月18日(金) 19:00 開演
サントリーホール

指揮:大植英次

シューマン/交響曲第2番 ハ長調 作品61
ブラームス/交響曲第2番 ニ長調 作品73


ワールド・ツアー・メディア掲載情報
2014年3月、東京フィルは大植英次とともに6か国をまわる創立100周年記念ワールド・ツアーを行いました



©Martin Richardson

©K. Miura

7月21日(月・祝) 15:00 開演
Bunkamura オーチャードホール

指揮:尾高 忠明
ピアノ:清水 和音 *

リャードフ/魔法にかけられた湖 作品62
プロコフィエフ/ピアノ協奏曲第3番 ハ長調 作品26 *
ラフマニノフ/交響曲第2番 ホ短調 作品27

※指揮者・曲目が変更となりました。

公演カレンダー

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