ホーム > インフォメーション > アンドレア・バッティストーニ特別寄稿 母なる大地の音楽――『春の祭典』によせて [後編]

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2017年5月2日(火)  [前編を読む]

天才的なバレエの音楽『春の祭典』


1913年『春の祭典』初演時のダンサーたち

 この天才的なバレエの音楽はこうして、ロシアの伝統的な民族舞踊ホロヴォードのモダン・ヴァージョンになる。 群舞は、結婚式や春の訪れを寿ぐ祝祭に典型的なもので、その一番の特徴は短いフレーズ、もしくは小旋律が、常に違う組み合わせでずっと反復されており、それらのフレーズは、グループの踊りのステップが長く続く中、同時に、リズムのアクセントの自由さによって性格づけられている。自由は檻に閉じ込められ、その中で、小さな動きや音の一節が、予測不可能な驚くべき動きで互いを追いかけあい、演奏者や聴衆にとって最も予想外の時に息を止めさせる。まるで、無数の異なる組み合わせで歌い手から歌い手へと素材が渡される、多声の即興的な儀式を譜面に書き起こしたものを聴いているようなのだ。

 だが、それほどの躍動する活気の中においても、導きの声〈メロス(mélos)〉が欠けてはいない。それは森の中の呼び声のようにはっきりと、表面上の不快な響き(カコフォニー)を制して、ホルンやトランペットの高らかに響く音で魔法を投げかけるのだ。

 短い小旋律の数々は細分化され、縦に横にと、元が知覚できないほどに変化をつけられている。そうして、このような非常に単純な存在から、表面上は調性があるようでも実は存在しない巨大な構築物が生成され、様々な音階に再び至るモデルを通じて動いて行く。それらの音階とは、2世紀にわたる音楽の歴史が我々に慣れさせてきた音階に似てはいるが同一ではない、いかめしく古色蒼然たる旋法のような、刺すような不協和音の衝突に満ちた音階なのである。

 そしてこのような技術的な側面は、驚くべきものではあるが、この総譜の魅力を説明するのに充分ではない。


神話的な先史時代の『祭典』が、同時に未来の音楽の新しい自由を指し示す


『春の祭典』の"生贄の踊り”のスケッチ
(ヴァランティーヌ・ユゴー)

 ストラヴィンスキーの作曲における熟練はあまりにもひんぱんに、演奏家をこの傑作の構造主義的な、もしくは空想が過ぎる『セリー主義(音列主義)』的な読み解き方に導いた。

 『祭典』は実際、劇場のため、ダンスのため、正確に決まった筋書きのため、物語を語るために生まれた。したがってこの作品の源は、自らをこれまでとは違う、古く同時に非常に新しい、二十世紀の最も先進的な人間のみが想像しうる野蛮で原始的なロシアの吟遊詩人と見なした、作曲家(ストラヴィンスキー)の天性の包容力にあると考えられる。

 フランスの耽美的なデカダン派とは大きく違う。ニガヨモギが匂い、香が燻る太古のイメージをもって、ストラヴィンスキーは神話的で非合理的な掟を持つ未開な先史時代を思い描く。

 予測できないダンスのリズムや、耳をつんざく異様な太鼓の音はまるで、骨の笛や皮張りの太鼓の古代の奏者たちを模倣したいかのようだ。そして、神々に身を捧げるために死に至るまで忘我の跳躍を続ける生贄の乙女の物語。

 それらすべてが音楽に移され、ロシアの民族音楽(伝統的な歌やメロディーのピアノによる採譜からストラヴィンスキーが数多くを借用していることは、すでに証明されている)のレパートリーの永遠の魅力の中に姿を留めているが、それは同時に、未来の音楽の、調性とリズムの 新しい自由を指し示しているのである。


『春の祭典』の、聴衆を魅了する強烈なエネルギー


アンドレア・バッティストーニ
東京フィル首席指揮者

 音楽の世界はこのあと間もなく二つに割れてしまう。一方は、シェーンベルクに代表されるオーストリア=ドイツ系統で、ポスト・ワーグナーの人々が抱いた調性への幻想が二つの大戦の窮乏による無味乾燥な表現に変容したもの、および、ベルクとウェーベルンの表現主義。もう一方では、シャーマン(祈祷師)ストラヴィンスキーが、その熱狂的リズムで、『カルミナ・ブラーナ』のオルフから『トゥーランドット』のプッチーニ、そしてスペイン人のデ・ファリャからアメリカ人のコープランドに至る、それぞれに全く違う個性を備えた作曲家たちに、彼と共に踊るように霊感を吹き込んだ。

 『春の祭典』は、並外れた技巧と夢想を生む力の神秘的な結合であり、今もなお、調性と均整のとれたリズム的構成を超越することについての論争への力強い寄与を示している。この作品は、まだ探求するべき数々の秘密の宝庫として学者達を引きつけ、時のヴェールをただの一撃で引き裂く、音楽芸術の過去と未来を表すその強烈なエネルギーゆえに聴衆を魅了するのだ。(了)


参考図書
Richard Taruskin, Stravinsky and the Russian Traditions, Berkeley, University of California Press, 1996, cap.12, “The Great Fusion”



 

井内 美香(いのうち・みか/音楽ライター)

学習院大学修士課程とミラノ国立大学で音楽学を学ぶ。ミラノ在住のフリーランスとしてオペラ、バレエに関する執筆、通訳、来日公演コーディネイトの仕事に20年以上携わる。2012年からは東京在住となり、オペラに関する執筆、取材、講演の仕事をしている。オペラ台本翻訳、字幕制作も数多い。


2017-18シーズン開幕! 5月定期演奏会

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2017年5月19日(金) 19:00 開演(18:30 開場)
東京オペラシティコンサートホール
2017年5月21日(日) 15:00 開演(14:30 開場)
Bunkamura オーチャードホール

指揮:アンドレア・バッティストーニ(東京フィル首席指揮者)

ヴェルディ/歌劇『オテロ』第3幕より舞曲
ザンドナーイ/歌劇『ジュリエッタとロメオ』より舞曲
ストラヴィンスキー/バレエ音楽『春の祭典』



主催:公益財団法人 東京フィルハーモニー交響楽団
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術創造活動活性化事業)
協力:Bunkamura (5/21)

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