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2022年3月2日(水)
3月定期に登場するマエストロは特別客演指揮者ミハイル・プレトニョフ。 全曲演奏は初めて取り組むというマエストロが、スメタナ『わが祖国』について語りました。
2019年10月のインタビューより/写真=上野隆文
| 歴史と文化がつまった国、チェコ
チェコの首都、プラハは小さいながら大変美しい町です。最近は行く機会がないため、そろそろまた行ければと願っています。プラハにはモーツァルトが歌劇『ドン・ジョヴァンニ』を作曲した家があり、現在まで保存されています。私のお気に入りの場所です。チェコは小さい国ではありますが、スメタナやドヴォルザークなどを輩出した「音楽の国」として傑出しています。東欧と言いつつも、チェコはヨーロッパの中心に位置しているのですが、ハンガリーも含め東欧諸国は周辺の大多数の民族に抑圧されていた時代があります。チェコ語で話すことすらも禁じられていました。それだけに反動として民族解放運動が起こり、民族の心を統一するような機運が自然と生まれていったのではないでしょうか。少数の民族であればあるだけ、自分たちの民族を結束しようと、そして抑圧を排除して立ち上がろうと民族性は強まるのだと思います。ハンガリーでもそういう革命的な運動はありましたし、ポーランドではショパンが、フィンランドではシベリウスが活躍した時代に独立的な気運が高まりました。そのような時代に呼応するように、音楽家は、より民族的な精神を掻き立てられる作品を創作のテーマにしていきました。
| 芸術による対抗から生まれた「わが祖国」
ベドルジフ・スメタナ(1824-1884)
その頃は音楽家だけでなく、優れた詩人なども生まれました。時の政権からの弾圧を受けて命が危険な時にも、命を賭して己の芸術にかけるという心意気があったのです。ショパンやリストも同様です。リストの書いた音楽を国民は支持しましたが、政府にとっては自分たちの立場を脅かすような運動に繋がる作品は邪魔なだけでした。ロシアでも、グリンカは民族的なテーマのオペラを作りましたが、貴族や支配する立場の人にとっては邪魔な存在であり、「あんな音楽は百姓どもの下らない戯言だ」と音楽を評価しませんでした。貴族はイタリアの音楽やオペラを非常に高く評価していましたが、ロシアの民族性に根ざした音楽は毛嫌いしていたのです。
さまざまな楽曲やオペラでチェコの民族的なものを表出してきたスメタナも、同じような立場にありました。「わが祖国」で、チェコの歴史を振り返させるような音楽的テーマを求めていったのです。母国語で話すことすら禁止された時代に、その民族と歴史を音楽で書くということは許しがたいことでした。しかし、状況が変わり、国民が支持するようになっていったのです。
ベートーヴェンと同じく、スメタナは「わが祖国」が完成したころ、完全に聴覚をなくしています。自分の書いたものを音としては聴いていません。スメタナが作曲した当時は、全曲を通して演奏する機会はありませんでしたが、チェコの人にとっては国民的な作品。チェコが共産主義体制から解放されたとき、最初に演奏されたのがこの曲でした。チェコの人々にとっては国歌なのです。
現代はグローバリゼーションが盛んになる一方で、民族性は薄れてきていると感じます。現代とは逆に、その頃は民族的な違いや国としての違い、民族的な色彩を強めようという流れがありました。そのような作品をスメタナが残してくれたおかげで、現代の私たちは演奏する機会に恵まれています。町も人も特色が薄らいでいる今、同一性が色濃くなるとおもしろくないと感じています。他の国と違う、他の町と違うということがあるからおもしろいのに、違いがあまりない。日本人の若者が外国を旅して、自分たちと違う何かを発見することに旅のおもしろさはあると思うのです。ヨーロッパではドイツなど、まだ古いものが残っているところは興味深いです。
ミハイル・プレトニョフ指揮によるスメタナ『わが祖国』に向けて
3月定期演奏会
3月10日[木]19:00開演(18:15開場)
サントリーホール
3月11日[金]19:00開演(18:15開場)
東京オペラシティ コンサートホール
3月13日[日]15:00開演(14:15開場)
Bunkamura オーチャードホール
指揮:ミハイル・プレトニョフ
(東京フィル 特別客演指揮者)
スメタナ/連作交響詩『わが祖国』全曲
※2020年・2021年3月延期公演