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2021年10月8日(金)
11月定期演奏会では、東京フィル首席指揮者バッティストーニ作曲のフルート協奏曲『快楽の園』が日本初演される。2020年3月ベルリン交響楽団によって世界初演された作品だ。その時のソリストを務め、今回の日本初演のために来日するフルート奏者、トンマーゾ・ベンチョリーニ氏と、マエストロに話を聞いた。
インタビュー・文=井内美香
――ベンチョリーニさんはマエストロと同じヴェローナのご出身で、音楽院でも一緒に学んだと伺いました。お二人の出会いはどのようなものでしたか?
ベンチョリーニ |
それについては楽しい思い出があります。二人ともヴェローナ音楽院で学んでいたのですが、その頃フルート科の学生はとても少なかったのです。そのため僕は13か14歳の時に、まだ右も左も分からない状態で学校のオーケストラに参加することになりました。アンドレアはチェロの首席奏者を務めていました。指揮者はオーケストラ全体を見るのに忙しく、僕は勝手がわからずまごまごしていました。すると近くにいたアンドレアがこちらを向いて「僕を見るんだ。君がいつ演奏すればいいのかキッカケを出してあげるから」と言ってくれたのです。そこで僕は指揮者よりもアンドレアを見ることに決めて、演奏を乗り切りました。もう15年以上も前のことです。 |
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バッティストーニ |
あの出会いはよく覚えています。曲目はラヴェルの『マ・メール・ロワ』でトンマーゾはピッコロを演奏していました。僕はチェロのディプロマを取得し、指揮の勉強を始めた頃だったので、それは僕にとっても経験を積むための良い機会だったわけです。音楽院を卒業してからもトンマーゾとは連絡をとりあっていました。彼は僕の作る音楽にすぐに興味を持ってくれた一人でもありました。地元の小さなコンサートなどに小品を提供していたのですが、フルートのための曲を何度も依頼してくれたのです。今回、日本で演奏することになったフルート協奏曲も彼の依頼によって作曲したものです。
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――マエストロは、曲の構想はすぐに浮かんだのでしょうか?
バッティストーニ |
トンマーゾが重要な演奏会で発表する新作を依頼してくれたということで、ふさわしい曲を書く責任を感じました。僕は、観客にとって聴きやすいエンターテインメントとしての音楽を書くのも大好きなのですが、当時の僕にはより洗練された複雑な書法で書いてみたいという願いがありました。それがボスの三連祭壇画『快楽の園』を読み解く音楽という発想に結びついたのです。ボスは美術の分野で僕を最も魅了する画家の一人です。結果としては最初の構想より長い、音楽的にも広がりのある曲となりました。 |
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――曲を書く前に、どのような演奏技法を中心にするかなど打ち合わせはしましたか?
バッティストーニ |
事前の打ち合わせはしませんでした。曲が完成してからはお互い意見を交換し、必要な手直しも行っています。僕は曲を書く前に、できるかぎりのリサーチをします。今回もフルートとオーケストラのあらゆる曲について調べました。ただ、今日の多くの作曲家が特殊なテクニックに注目した実験的なアプローチをするのと違い、僕の使う音楽言語はテクニックそのものを目的にはしていません。自分の頭の中にストーリーを作りそれを音楽にします。その過程で何か特別な技法が必要なら使うという姿勢です。僕は度し難いロマンチストなので、何かを物語らずにはいられないのです(笑)。このようなスタイルの曲がベルリンの初演で好評だったのは嬉しかったです。そしてコンテンポラリーの音楽は再演の機会が少ないので、東京フィルがこの曲の演奏を提案してくれたのをとても嬉しく思っています。
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――ベンチョリーニさんは、マエストロの曲を初めて受け取った時にどのような印象を持ちましたか?
ベンチョリーニ |
これまで知っていた彼の曲とはずいぶん違うと思いました。曲の解釈を考える時に大きな助けになったのが、この曲に題名を与えたボスの絵画を知る作業です。おかげで自分なりの音楽の道筋を作ることができました。この曲の特徴は、フルートが完全な主役として書かれている部分と、オーケストラの中に組み込まれて演奏する部分があることです。そのためソリストはこの曲のほとんどの部分で演奏していることになり、スタミナと、技術的にも高いレベルの準備が必要になります。カンタービレな美しさに加え、アンドレアの曲の特徴である変拍子も多いです。 |
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――どのようなストーリーに従って音楽が展開するのでしょうか?
バッティストーニ |
まず祭壇画が閉じている面に描かれているモノトーンの世界から始まり、続いてパネルを開いた時の激しいコントラストがあります。そしてエデンの園をへた後、「地獄」の始まりは遠景に描かれている家々が炎に包まれていることを知らせる半鐘によって告げられます。西洋の地獄にはドラマチックな表現が多く、ボスの地獄にも大きな不安が表れていますが、細密に描かれている人々や動物たちには奇妙なおかしみもあります。この二面性はとても面白いです。「地獄」の描写でオーケストラが力強く燃え上がった後にはフルート・ソロのカデンツァがあります。そしてカデンツァの後は、中央の大きな絵「地上の快楽の園」のあらゆる抑制から解放された享楽的な世界観があり、その後は曲の終わりに向けて全体を俯瞰しながら、このユニークな絵画から遠ざかっていきます。
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ヒエロニムス・ボス『快楽の園』(The Garden of Delights、1503-1504、プラド美術館蔵)
――マエストロから見たベンチョリーニさんのフルート奏者としての特徴を教えてください。
バッティストーニ |
音楽家としての彼を高く評価する要素はたくさんあります。何よりもまず好奇心と音楽への没頭です。そして彼の演奏は、色彩が豊かでダイナミック・レンジが広いこと。そして敏捷さと、良く歌うことですね。〈歌〉は全てのイタリアの音楽家の特徴ですが、トンマーゾの場合は特にそうです。
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――ベルリン初演にはマエストロは出席できなかったのですか?
ベルリン初演時のレビュー
バッティストーニ |
残念ながら行くことができませんでした。ちょうどヨーロッパでコロナが流行し始めた時期と重なってしまったからです。僕は仕事で滞在していたパレルモからやっとヴェローナの自宅に帰ってくることができたという状況でした。トンマーゾには「もし可能なら、予定を早めて行ったほうがいいよ」とアドヴァイスしたのです。
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ベンチョリーニ |
コンサートは2020年3月8日におこなわれましたが、僕は予定より10日前にベルリン入りしました。当時イタリアは感染者が多く、ドイツが空港を閉鎖する可能性があったからです。でもそのような不確実さと心配の空気が漂っていたにも関わらず、ホールには二千人を超す人々が来場し、音楽に集中して聴いてくれました。そして演奏後にはとても大きな反応がありました。僕自身にとっても、長い閉鎖期間の前の最後の重要なコンサートであり、特別な思い出となっています。 |
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――コンサートが楽しみです。ベンチョリーニさんは初来日だそうですね?
ベンチョリーニ |
そうです。アンドレアから色々と話を聞いているので、やっと来日の夢が叶うという気持ちです。僕もやはり日本文化に対する大きな憧れを持っているので。 |
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――マエストロが東京の案内役ですか?
バッティストーニ |
もちろんです。この時期ですから可能な範囲内でになりますが。僕は東京に友人や家族が来た時にガイド役を買って出るのがとても嬉しいのです。なぜなら僕自身が初めて日本に来た時の感覚を再体験できるので。僕の行きつけの新宿のラーメンの店も教えてあげたいです(笑)。 |
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――最後にそれぞれ抱負をお願いします。
ベンチョリーニ |
日本の皆さんに初めてお目にかかり、東京フィルハーモニーと共演して、旧友アンドレアの曲を演奏できるのはとても幸せです。この素晴らしい協奏曲を最高の形でお届けできるよう願っています。 |
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バッティストーニ |
今回は僕の曲を日本で披露する二度目の機会となります。前回の『エラン・ヴィタール』とはかなり違う作風ですが、とても愛着のある曲です。東京フィルの定期演奏会で取り上げていただくのは本当に名誉なことで、良い演奏をしたいです。友人であり、素晴らしいフルート奏者のベンチョリーニ氏の卓越した演奏をお楽しみください。
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トンマーゾ・ベンチョリーニ
Tommaso Benciolini, flute
1991年ボローニャ(イタリア)生まれ。12歳でフルートを始め、18歳でエヴァリスト・ダッラーバコ音楽院(ヴェローナ)を一等賞を得て卒業するとともに、イタリア全土の優秀な新卒音楽大学卒業生を対象とするコンクールで優勝した。2017年に「ニューヨーク・レスピーギ賞」を受賞し、翌年には名門カーネギーホールでニューヨーク室内管弦楽団の注目ソリストとしてデビュー。
これまでにベルリンフィルハーモニー、カーネギーホール(ニューヨーク)、スメタナホール(プラハ)、モーツァルテウム大ホール(ザルツブルク)、ノーヴァヤ・オペラ・モスクワ劇場、北京大学ホール、広州オペラハウス、サル・コルトー(パリ)、フェニーチェ歌劇場(ヴェニス)、コンセルトヘボウ大ホール(アムステルダム)といった多くの世界的ホールで演奏。ベルリン交響楽団、北チェコ・フィルハーモニー管弦楽団、ニューヨーク室内管弦楽団、ウラル国立ムソルグスキー音楽院交響楽団(エカテリンブルク)、テューリンゲン・フィルハーモニー管弦楽団などと共演した。
2021年、ソニー・クラシカルよりデビューCD「L'Appassionata」をリリース。
https://www.tommasobenciolini.net/
Youtube https://www.youtube.com/user/Bencio91
Facebook https://www.facebook.com/tommasobencioliniflute
Instagram https://www.instagram.com/tommasobenciolini/
井内美香(いのうち・みか/音楽ライター)
学習院大学修士課程とミラノ国立大学で音楽学を学ぶ。ミラノ在住のフリーランスとしてオペラ、バレエに関する執筆、通訳、来日公演コーディネイ トの仕事に20年以上携わる。2012年からは東京在住となり、オペラに関する執筆、取材、講演の仕事をしている。
【特別記事】
▷ マエストロ アンドレア・バッティストーニが語る 東京フィルとの『新しい景色』▷ ヒエロニムス・ボス『快楽の園』をよみとく(文=中野京子)
▷ バッティストーニ:フルート協奏曲『快楽の園』(日本初演)プログラム・ノート
11月定期演奏会
11月1日[月]19:00開演(18:15開場)
サントリーホール
11月3日[水・祝]15:00開演(14:15開場)
Bunkamura オーチャードホール
11月4日[木]19:00開演(18:15開場)
東京オペラシティ コンサートホール
指揮:アンドレア・バッティストーニ
(東京フィル 首席指揮者)
フルート:トンマーゾ・ベンチョリーニ*
― バッティストーニの作品 ―
バッティストーニ/フルート協奏曲『快楽の園』~ボスの絵画作品によせて(2019)(日本初演)*I. 天地創造 II. エデンの園 III. 地獄ーカデンツァ IV. 庭
チャイコフスキー/交響曲第5番
令和3年度(第76回)文化庁芸術祭参加公演(11/1公演)
主催:公益財団法人 東京フィルハーモニー交響楽団
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術創造活動活性化事業)| 独立行政法人日本芸術文化振興会
協力:Bunkamura(11/3公演)