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2022年7月11日(月)
9月の定期演奏会は首席指揮者バッティストーニが登場。今年、日本デビューから10年目を迎えたマエストロが今季の東京フィルとの定期で披露するのは、待望のマーラー「交響曲第5番」と自身のオーケストラ編曲によるリストのピアノ曲『巡礼の年』第2年「イタリア」より“ダンテを読んで”。マエストロの故郷イタリアの文豪ダンテをモチーフにリストが書いたピアノ作品「ダンテを読んで」について、マエストロはどんなイメージを描いたのでしょう? プログラムによせてエッセイを執筆いただきました。
(文=アンドレア・バッティストーニ/訳=井内美香)
1858年頃のフランツ・リスト
リストのピアノ音楽をよく知る者にとって、ハンガリー出身のこの作曲家が、珍しい響き、今までにない音色、オーケストラのプロットを鍵盤楽器で模倣する書法を追い求めたことは有名である。
「ダンテ・ソナタ」とも呼ばれるこの曲に魅せられた私はそれゆえに、管弦楽版を書くにあたって、これらの特徴を明確に示そうと決めた。この編曲は、1950年代ごろまで大いに流行していた器楽編曲の例に連なるものとなる。すなわち目標とするところは、リストや彼の同時代人のスタイルによるオーケストレーションではなく、ラヴェル、レスピーギ、ストコフスキーなどの先例に多くを負っている、大オーケストラのための自由な編曲なのだ。
だがあらゆる編曲は、その性質上、敬意を示す行為であると同時に裏切りでもある。
リストによる速度記号と表現記号は全てそのまま残したが、それは作曲者の意図に敬意を表するためであり、この翻案の出来得るかぎりの完全なヴィジョンを提供するためだ。一方、メトロノームの指示は筆者のものであり、この作品の管弦楽版の演奏により適していると判断した内容になっている。
リストのピアニズムを交響楽の語彙に編曲するための音色の調合についても同様である。文献学、書かれた記号、そして原典への忠実さを非常に重視している今日の音楽界において、この作品が国語純化論者たちの気分をあまり損なうことなく、過去の偉大なる作曲家への心からの捧げものとして居場所を見つけられるよう願っている。
リスト自身も、他の作曲家たちの音楽の編曲とパラフレーズを数多く手がけており、その中で、原作品への賛美と自身の解釈を組み合わせて、元の作品の魅力を再創造したという事実は、私を励ましてくれる。私を非常に惹きつけるのはやはり、このピアノの幻想曲の、神秘的で同時に苦しみをたたえた雰囲気であり、リストの天使的かつ悪魔的な音楽を見事に特徴づける、瞑想とヴィルトゥオジティの二項式なのである。リストがこの作品を作曲するにあたり、ダンテ『神曲』の中のどの〈歌〉にインスピレーションを受けたのかは定かではないが、恐ろしい音の波間に地獄の炎を、もしくは、中間部のカンタービレに不幸な恋人たちパオロとフランチェスカの物語を見出すことは難しくない。
冒頭の威嚇的なモットーは、こう歌っているかのようだ。「ここに入る者は、いかなる希望も捨てよ」、これは地獄の門の上に記された銘である。
ここから、オーケストラの深淵へ、もしくは、ダンテが地獄篇で描写した〈環〉の深みへ、蛇のとぐろのように曲がりくねった半音階主義の螺旋を辿る暗い下降が我々を待っている。
リストの特徴は、すでに言及したように、聖と俗の両方を備えていることだ。天使的なコラールに伴うトレモロから、天国の気配を感じるのはたやすいし、今述べた地獄への下降を対位法で彩るカンカンに似た舞曲からは、硫黄の悪臭が感じ取れる。だが私は、悪の深淵へのダンテの旅の終わりと、天の高みへ、そしてより良き世界の希望へと至る道行を、高らかな鐘の音と共に告げるフィナーレがとても気に入っているのだ。
2021年11月の東京フィル公演のアンコールでは、
リスト/バッティストーニ編『巡礼の年』第2年「イタリア」より
“サルヴァトール・ローザのカンツォネッタ”を演奏しています
©青柳 聡
【特集】
▷ 【特別記事】9月定期演奏会の聴きどころ「リスト、マーラーとゆく地獄の門と天上への道」(文=ロバート・マルコウ)▷ 【解説動画】リスト作曲=バッティストーニ編『ダンテを読んで』を語る!(お話:野本由紀夫)
▷ 【楽団員インタビュー】コンサートマスター 近藤 薫
9月定期演奏会
9月15日[木]19:00開演
東京オペラシティ コンサートホール
9月16日[金]19:00開演
サントリーホール
9月19日[月・祝]15:00開演
Bunkamura オーチャードホール
指揮:アンドレア・バッティストーニ
(東京フィル 首席指揮者)
リスト(バッティストーニ編)/『巡礼の年』第2年「イタリア」より ダンテを読んで
マーラー/交響曲第5番
主催:公益財団法人 東京フィルハーモニー交響楽団
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術創造活動活性化事業)| 独立行政法人日本芸術文化振興会
協力:Bunkamura(9/19公演)