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2024年6月22日(土)
――斉藤さんは大のメシアン好きだと伺いました
メシアンの監修のもと録音された
『トゥランガリーラ交響曲』
(ピアノ:イヴォンヌ・ロリオ、
オンド・マルトノ:ジャンヌ・ロリオ、
パリ・バスティーユ管(1990年10月録音))
「メシアンも、もちろん『トゥランガリーラ交響曲』も高校生の頃から大好きで、CDも色々聴き漁りました。なかでもメシアン監修のもとマエストロチョン・ミョンフンがパリ・バスティーユ管と演奏した録音が一番のお気に入りです。『トゥランガリーラ交響曲』を演奏した経験はなかったので、今回尊敬するマエストロチョン・ミョンフンのもとで演奏する機会が巡ってきて、30年来の夢が叶ったようでとても興奮しています」。
――メシアンとの出会いについて教えてください
「東京藝術大学附属高校に入学してすぐ音楽史の授業があったのですが、作曲の先生が受け持っていた授業だったからか明らかに偏っていて、通史でなく作曲家のアルファベット順に音楽史の授業が始まりました。音楽史の全体の流れも知らないのに、まず最初に取り上げた作曲家三人がアーノルド・シェーンベルク、アルバン・ベルク、アントン・ヴェーベルン(!)これを『音楽史上最も重要な作曲家20人のうちの3人』と教えるんですからなかなか肝の据わった先生でした(笑)田舎から出てきたばかりの高校1年生には多少刺激が強すぎる内容でしたが、もともと新しい音には興味がありましたし、そこから興味を持って様々な作曲家の音源を探しては友達と聴きあってああだこうだ言い合うオタク全開な青春時代を送ることになりました。
とはいえ、いまほど情報が無い時代ですし、手あたり次第聴いてみたものの、率直に言って『前衛』と言う名を借りての全くのデタラメや、ただの思い付きで一回面白がったらオシマイ、みたいなネタまがいのもの、あるいは単純に演奏や作品の水準が怪しいものも大量に聴くことになり、いろいろ失望もしつつあったある日、同級生が『このメシアンって作曲家は面白いぞ』と持ってきたのが出会いでした。『主の降誕』でしたね。
高校生なりに、聴いた瞬間『こいつはッ・・・!理由はわからんけどこれは格が違う!すげえ!』と直感したのを覚えています。
そのサウンドの仕組みが知りたくて、なんとかしてメシアンの楽譜を入手してたどたどしくピアノで弾いてみたり、メシアンのお弟子さんである藤井一興先生のメシアン作曲分析講座に高校生ながら生意気にも顔を出していました。どういう音の仕組みで、どうやってこの響きがでるのだろうと、その謎がどうしても知りたかったんですね」。
――メシアンのサウンドの魅力はどこにあるのでしょうか
「『トゥランガリーラ交響曲』に関わらず、メシアンの作品はサウンドとして瞬間瞬間の音の重なりの響きが美しく、このハーモニーが非常に独特なのですよね。
これはフランス音楽の伝統でもあると思いますが、音の響きの面白さを味わう、というところには自分もとても魅力を感じます。『メシアントーン』とでもいうのでしょうか、音の積み重ね方が独特なのですが、決して不協和音ではなく、複雑な音が鳴っているようだけれど、聴いていると不思議に心地よい。大変に魅力的です」。
――音色の話ですと、電子楽器の「オンド・マルトノ」も独特な響きがしますね
「オンド・マルトノという楽器は発音も柔らかく、倍音が少なくて純粋、言ってみれば神に近い音色を持つ楽器ですよね。フルートは通常の場合は、もう少し倍音や発音時の子音がはっきりしていることが多いです。ですので今回はオンド・マルトノと同じフレーズを吹くときには、より不規則な倍音の少ない、平たく言えばあまり『シャーシャー』言わない、より純度の高い音色での演奏もリハーサルで試しています。
ホールによっても響き方は変わってくるので、どう聞こえるかというのを当日の会場で行われるゲネプロを経て最終的に調整して決めますが、特に第6楽章『愛の眠りの庭』は、オンディストの原田節さんの音色をリスペクトしたものにしたいと密かに思っています。クラリネット首席奏者のベヴェラリ君とも打ち合わせをしたのですが、この天国的な美しく素敵な旋律は、いつものように情感たっぷりに朗々と歌いたくなるところを、ある意味で冷静にコントロールして、全体を見渡して大きな建造物の一部となれるような演奏をしたいと思っています」。
――高校生の頃からおそらくCDが擦り切れるくらいに『トゥランガリーラ交響曲』を聴き続けてきたのだろうと思います。今回初めて演奏してみていかがでしたか
「かなりの回数聴いていましたが、リハーサルを経て、『本当はこういう音だったのか』と新鮮な衝撃を受けました。『トゥランガリーラ交響曲』のように巨大なエネルギーを持った曲というのは、CDやレコードにはやっぱりとてもじゃないけど入りきらないのですよね。
実際に演奏してみると、すべての音が立体的にクリアに聞こえてきて、もう耳にとって大変な贅沢!この規模の曲は絶対ホールで生演奏を聴くべきです。エネルギー感だけではなく、マエストロのコントロールのおかげもあると思いますが、すっきりと各パートの響きや役割がそれぞれに聴き取れますので、何倍も面白くなることを保証いたします!」
――リハーサル前にマエストロは「演奏するオーケストラは大変だけれども、指揮は簡単な曲だ」とおっしゃっていました
©藤本 崇
「自然にオーケストラのすべてを支配下におけるからこそ言えることなのだと思います。達人の技ははた目にはシンプルで簡単そうに見えるものです。それこそテンポの速い第5楽章『星々の血の喜び』は完全に1拍子で、一つ振りでテンポも変わりませんし、マエストロも『指揮法レッスン第1回。まずは一拍子、誰でも振れるぞ』とおっしゃる。
もちろん冗談なのですが、シンプルな『一つ振り』は見た目が簡単そうに見えるという話で、実際には巨大で複雑な音楽のすべてをマエストロは頭の中で把握しているのです。その膨大な情報量からなる複雑な音楽を、そのシンプルな『一つ振り』というアクションだけでドライブしていくってことですから、逆にマエストロはとんでもないことをしていると言うこともできますね」。
――マエストロのおっしゃるように、やはり奏者にとっては演奏は非常に大変なのでしょうか
「私が高校生だった1980年代は『トゥランガリーラ交響曲』はまだ『現代音楽』という扱いで、演奏することは難しかったと思います。レンタル譜で演奏しているので、過去の書き込みが譜面にたくさん残っているのですが、今の私たちからすると、『こんな単純なことも譜面にごちゃごちゃ鉛筆で書きこまないと演奏できなかったのか』と思ってしまう書き込みが多いです。けれども、今の東京フィルはリハーサル1回で通ってしまいます。演奏家のアンサンブル、ソルフェージュ能力はこの20年くらいで飛躍的に向上したと実感しています。
大編成でパート譜だけみたら何が何だか分からないような曲ではありますが、もう『トゥランガリーラ交響曲』を理解が難しいいわゆる『現代音楽』だと思って演奏している楽団員は少なくて、ラヴェル『ダフニスとクロエ』やドビュッシー『海』を演奏する時と同じような感覚でいるのではないでしょうか。
最先端で難解な音楽に必死に食らい付くように演奏していた時代から、整理されて、ごくふつうの素敵な音楽として演奏できるようになったのは感慨深いものがあります。
『トゥランガリーラ交響曲』は、マーラーの『復活』やベートーヴェンの『第九』などと同様に、クラシック史に残る古典の名曲になったということでもあると思います」。
――「第1000回」という節目に『トゥランガリーラ交響曲』を演奏する意味が見えてきた気がします
「『トゥランガリーラ交響曲』はエネルギーの塊のような音楽で、祝祭、お祭り……メシアンの宗教的な恍惚とした世界にはふさわしい言葉がなかなか見つからないですけど、『第1000回』にふさわしい一曲だと思います。
メシアンがこの曲を書いたのはかなり若い時で、マエストロも『この曲は膨大なエネルギーを持った若々しい曲なので、もう大変だ』と冗談交じりにおっしゃっていました。はかり知れない熱量とともに有り余る知性を感じます。この大曲を30代で書いたということに、楽譜を見るとびっくりしてしまいます。ドビュッシーやプロコフィエフ、リヒャルト・シュトラウスなど偉大な作曲家にも思うことなのですが、これほどずば抜けて能力が高いと、対等に話ができる他者はいたのか、友達はいたのかなと疑問に思うほどです」。
――メシアンの楽譜の世界とは、どのようなものなのでしょうか
「メシアンは音に色が見える、いわゆる共感覚保持者だったそうですね。それは相当具体的なものらしくて、メシアンのお弟子さんの藤井一興先生がピアノを弾きながら『この音は水色、これは黄色、これは紫なんですけど』と授業で教えてくださったのですが、私にはいくら熟考しても分からない感覚でした。
また、これは想像なのですが、メシアンは音に色を感じるだけでなく、私たちには聞こえていない音が明瞭に聞こえていた気がしてなりません。ジャズピアニストのセロニアス・モンクあたりにも感じることですが、明らかにはるか上のほうの倍音ですとか、私たちが気に留めていないような何かが聞こえているな、と感じることがあります。理屈はあるのでしょうけど、その理屈を最初に考えてそれに従って書いて鳴らしてみた音、というより、まず頭の中で聴こえた音を説明するために理屈を考えた、と感じるようなサウンドですね。
藤井先生が『メシアン先生のご自宅にお邪魔して、メシアン先生が弾いてくれると確かに音の色が目に見えるんですけど、自宅で弾くとときどき分からなくなっちゃうんだよね。』とおっしゃっていたのが羨ましくて、私には分かりたくてもまったく分からない世界でした。
そのようなことも含め、これも想像なのですが、メシアンは孤独感を感じなかったのかなと心配になることもあります。共感覚は個人的な感覚だと言いますから、『そう!これ、この音って水色だよね』と分かってくれる人って周りにいてくれたのでしょうか?マエストロがメシアンは素晴らしい方だったとお話されていますし、孤独な方ではなかったんだとはもちろん思うのですが、これは私のもうホントに勝手な想像ですけど、どこかで寂しさがあったのじゃないか、孤独な天才が理解者を求めて・・・敬虔な信者として音を神に捧げる・・・というよりある意味その神の世界に近づこうとしたのかなと」。
――神に近づく演奏となるために意識していることはありますか
「いや自分にはとても近づけないですが(笑)ただ、各楽器みんなそれぞれが大きな建造物の一部となるという役割をもっていますので、うっかり変に個人技を見せて『あそこのフルートすごいよかったです』とお客様に言われたら、それはいい演奏ではなかったということですね。あくまで全体のために自分がどういう役割を果たすべきか、が重要です」。
――マエストロ指揮でのブラームス・ツィクルスのときも斉藤さんは同じことをお話されていました
2021年9月定期「ブラームス 交響曲の全て」
の際のインタビュー記事はこちら Ⓒ上野隆文
「ブラームスも特に後期の交響曲ではそれを感じますが、それでもブラームスの音楽の場合はもう少し肉感的と言いますか、情感というか人間味があふれてしまう瞬間も少なくありません。メシアンはもう少し普遍的な偉大な構造物を表現しているような感覚でしょうか。
そこに衝動的に『ここはエスプレッシーヴォで情感込める』みたいな個人のちょっとした即興的な思い付きはたいていの場合余分なのです。もちろん、機械的に淡々と譜面を演奏しているというわけではなくて、全員がものすごい情熱を持っているのですけど。ただし全体として偉大な神の巨大な建築物になるのです。
ですからフルートパートとしては、特別突出したスタンドプレーはありません。ただ・・・個人的に凄く好きな曲なので、つい興奮を抑えられない箇所が何か所かあり、そこで冷静に踏みとどまれるよう気を付けたいです(笑)」
――興奮が抑えられない場面はたとえばどこでしょうか
第5楽章「星々の血の喜び(Joie du sang des étoiles)」
の自作ステッカーを貼ったバイク。
「第5楽章『星々の血の喜び』で、トランペットパートが主題を吹いて、その奔流の上空でフルート属に限らず各パートが細かいパッセージを連呼して、まるで星屑が燦然と輝いているようなもの凄いサウンドになります。まさに『星々の血の歓び』!ここはめちゃくちゃに興奮します。普通の精神状態でいるのが大変難しい箇所です。
メロディーだけ聞くとシンプルなDes-dur(変ニ長調)の主題なのですが、この旋律を彩る周りの音の色彩感が万華鏡や星空のようで。この楽章は大変印象深く気に入っていたので、大学1年生のときに乗っていたバイクに『星々の血の喜び』号と名付け、ステッカーを自作して貼っていたくらいです。余談ですが『星々の血の喜び号』はその後クラッシュして、その名の通り星になってしまいました。転んだ時に血も出ました。次に乗る車にはもう少しおとなしい名前をつけます」。
――フルートパート全体として意識していることはありますか
「配置としてフルートパートはオーケストラの中心で演奏するので各楽器がよく聞こえるのですけど、『トゥランガリーラ交響曲』は巨大編成なわりに、ビートや合わせるべきパルスが非常に細かく難しいです。16分音符単位で『タタタタタタタ』というのが縦でパチッと合っていないといけない。プッチーニみたいに大きなうねりのある流れで進んでいくものではなくて、非常に細かい部分の縦が合っていた方が明瞭に聞こえるという仕掛けです。
編成が大きいので、どうしてもオーケストラ内で音の時差が出てきてしまいますが、その問題を解決するために、弦楽器と金・打楽器の真ん中に位置する私たちが、上手く橋渡しできるよう意識しています」。
――お話を聞いてより一層6月定期演奏会が楽しみになりました
「会場で大勢がわっと集まって、”よおおし!『トゥランガリーラ交響曲』聞くぞー!”と高いテンションで聞くと面白いと曲だと思います。フレッシュな曲ですし、これは生演奏で聞くべき音楽ですよね、ほんとうに。
ホールも楽器ですので、その音響空間も楽しみにしていただきたいです。もし可能でしたら3会場全部に来てほしいくらいです。それこそほんとうに色々な音が聞こえるはずです。
マエストロはいつもリハーサルと本番とで振り方を変えています。例えば・・・リハーサルはわざと少し曖昧に振って、本番ではバチっと明確に振るですとか。わざと曖昧に振ることで、オーケストラの自発的なアンサンブルを促しているように見えます。リハーサルからバチっと振ったらオーケストラは絶対に乱れないのですが、そうはしないのです。
リハーサル会場の響きに慣れて合わせると、各ホールでは響き方が変わって同じアプローチが難しくなるので、そういうのをすべて計算の上でリハーサルをされているように見受けられます。他の楽器はどのような音が鳴っているか考える意識や、ここは崩れやすい箇所だから特に集中しないといけない等、リハーサル中に各自が考える余地を与えている気がするのです」。
――3会場、3公演ではホールの響きだけでなく、オーケストラの演奏も変わっていくのでしょうね
「もちろん。マエストロは一度たりとも同じ演奏を繰り返したりしない方ですからね。初日と最終日ではまったく違う音楽になることもあります。最終日の方がクオリティが高いという話ではなくて、その日のホールの響きやオーケストラの状態など様々な要素が複合的に関わり合って、マエストロが音楽を決めるのです。
初日のBunkamuraオーチャードホールは一番音響がすっきりしたホールなので、構造が一番すっきり聞こえると思います。サントリーホールはエネルギーが必要とされるホール、最終日の東京オペラシティは凝縮された音がしますから、爆発的な演奏になるか、コントロールされた響きになるか、当日にならないと分かりません。オーケストラの音楽はメシアンの響きのように瞬間瞬間に生まれます。3公演ともどのような音楽になるのか、お客様と同じように私たちオーケストラも楽しみにしています」。
6月定期演奏会
6月23日[日]15:00開演
Bunkamura オーチャードホール
6月24日[月]19:00開演
サントリーホール
6月26日[水]19:00開演
東京オペラシティ コンサートホール
指揮:チョン・ミョンフン
(東京フィル 名誉音楽監督)
ピアノ:務川慧悟
オンド・マルトノ:原田 節
メシアン/トゥランガリーラ交響曲
公演時間:約80分(休憩なし)
本公演「メシアン:トゥランガリーラ交響曲」は休憩がございません。
また、全10楽章(約80分)を続けて演奏いたしますので、開演後にご到着されたお客様、一度ご退席されたお客様は客席内にお入りいただくことができないため、ホワイエのモニターでのご鑑賞となります。
お時間に余裕を持ってご来場くださいますようお願い申し上げます。
1回券料金
SS席 | S席 | A席 | B席 | C席 | |
---|---|---|---|---|---|
チケット料金 | ¥15,000 |
¥10,000 |
¥8,500 |
¥7,000 |
¥5,500 |
※( )…東京フィルフレンズ、WEB優先発売価格(SS席は対象外)
主催:公益財団法人 東京フィルハーモニー交響楽団
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術等総合支援事業(公演創造活動))| 独立行政法人日本芸術文化振興会
協力:Bunkamura(6/23公演)
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ