ホーム > インフォメーション > 2月定期演奏会の聴きどころ「イム・ユンチャン、その稀有な才能を聴く」 文=高坂はる香

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2022年12月2日(金)


イム・ユンチャン ©Ralph Lauer

 コンチェルトにおいては、指揮者はもちろんだが、ソリストの音楽性によっても、オーケストラの表現力やキャパシティは大きく変わる。イム・ユンチャンは18歳という若さにして、共演者たちを奮い立たせ、刺激することのできる、稀有なピアニストだ。
 2022年6月にアメリカのテキサス州フォートワースで開催された、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール。アメリカを中心に国際的なキャリアが拓けるその重要なコンクールで、2004年に生まれ、韓国芸術大学で学ぶ若者が、史上最年少の金メダルに輝いた。
 フランス・バロックからロシア近代まで趣向を凝らしたプログラムを聴かせた予選とクウォーター・ファイナルの演奏、そしてリスト「超絶技巧練習曲」全曲を弾いたセミファイナルなど、彼が特異な才能を感じさせる場面は多々あった。しかし金メダルを決定づけたのは、やはりファイナルのピアノ協奏曲だったといえる。このコンクールはピアニストに多くを求めることが知られているが、そのゆえんの一つに、協奏曲の課題の多さがある。セミファイナルでモーツァルトの協奏曲を、さらにファイナルで2つの協奏曲を演奏しなくてはならないのだ。



イム・ユンチャン ©Ralph Lauer

 イム・ユンチャンがファイナルで選んだのは、まずベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番。オーケストラとのコミュニケーションに苦労するファイナリストが多かった中、彼は各楽器奏者たちと自然にコンタクトをとり、この作品の魅力をくっきり描き出してみせた。
 もう1曲に選んだのは、超絶技巧を要するレパートリーの筆頭であるラフマニノフのピアノ協奏曲第3番。それまでのステージでも圧倒的なテクニックを見せてきた彼だけに、難曲をものともしないキレのあるタッチは期待通り。加えて、若々しさを残しつつ音楽に没入して繰り広げる表現には、確かな説得力があった。探究の末、楽曲の本質を愛していることが伝わってくる。卓越したテクニックは、そうして生まれた豊かなアイデアを自在に音にすることを助けていた。
 そしてそんなピアノに鼓舞されて、オーケストラもそれまでとは別の団体のように嬉しげに音楽を奏でていた。ソリストでこれほどに変わるものかと驚いたほど。ステージに現れた際の内気そうな外見とはうらはらに、音楽では饒舌に語り、オーケストラや聴衆とコミュニケーションができるピアニストなのだ。
 


特別客演指揮者ミハイル・プレトニョフ ©藤本崇

 今回、東京フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会でイム・ユンチャンは、ミハイル・プレトニョフの指揮のもと、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番『皇帝』を演奏する。
 まず楽しみなのは、ピアノの巨匠でもあるプレトニョフが、この新星に対してどんな関心を示すのかということ。孫世代の稀有なピアノの才能をどう受け入れ、あるいは刺激しようとするだろうか。


イム・ユンチャン ©Ralph Lauer

 もう一つ期待せずにいられないのは、イム・ユンチャンの卓越したテクニックとあの気持ちの良いほどに通る輝かしい音が、『皇帝』の堂々たる音楽をいかに打ち鳴らすのかということ。彼のことなので、その若さからは想像もつかないような精神性も感じさせてくれるだろう。
 以前、彼が受けてきた教育について尋ねたところ、現在師事する韓国の師から元をたどるとリストやベートーヴェンに行きつくのだと、静かに、しかし誇らしそうな口調で話してくれた。また、古いロシアン・スクールのピアニストたちを中心に、数々の古い録音を聴いて育ったという。クラシック正統派のピアニストとして受け継ぐべきものがあるという自覚も、今回の演目からは垣間見られそうだ。

 イム・ユンチャンは、自分を金メダルに導いてくれたものは何かと聞かれ、こう答えていた。
「音楽を愛する気持ちと、音楽のために自分を捧げようとする気持ち。この二つだと思う」
 音楽に真摯な姿勢を持つ、稀有な若いピアニスト。プレトニョフ、東京フィルとどんなふうに刺激しあい、どんな音楽を生み出すのだろうか。



イム・ユンチャン ©Ralph Lauer



 高坂はる香(こうさか・はるか / 音楽ライター)

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、ピアノ専門誌の編集者を経て、2011年よりフリーライターとして活動。世界のピアノコンクールの取材を行い、現地レポートも配信している。著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」
twitter @classic_indobu



2月定期演奏会 

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2月22日[水]19:00開演
東京オペラシティ コンサートホール
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2月24日[金]19:00開演
サントリーホール
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2月26日[日]15:00開演
Bunkamura オーチャードホール

指揮:ミハイル・プレトニョフ
(東京フィル 特別客演指揮者)
ピアノ:イム・ユンチャン*
(2022年ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール優勝)


ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番『皇帝』*
チャイコフスキー/マンフレッド交響曲


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主催:公益財団法人 東京フィルハーモニー交響楽団
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術創造活動活性化事業)| 独立行政法人日本芸術文化振興会
協力:Bunkamura(2/26公演)

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