ホーム > インフォメーション > 10月定期『ファルスタッフ』演出補、家田淳さんが語る マエストロ チョン指揮・演出『ファルスタッフ』「きっと今までにない舞台になると思います」

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2022年10月18日(火)

 マエストロチョン・ミョンフンが指揮と「演出」も手がける10月定期『ファルスタッフ』。今回の公演で「演出補」を務める演出家・翻訳家の家田淳さんに、リハーサルの合間にお話を伺いました。




――今回のファルスタッフでの「演出補」という役割について


マエストロと打ち合わせをする家田淳さん(中央)
舞台監督の幸泉浩司さん(右)

「今回の演出は基本的に全てマエストロのアイディアです。かなり細かいところまでマエストロが決めておられますが、アイディアが効果的かどうか、お客様に演出の意図が伝わりやすいかどうかということを見極めて、必要な場合はマエストロにお伝えして調整する、マエストロのやりたいことがより明確になるようにサポートするという役割です」。



――演出というのは歌手の演技や舞台への出入り、立ち位置といったことも含めてですね。

 

「はい、マエストロがほぼ全て決められています」。

――マエストロは「自分は喜劇をやったことがない」とおっしゃっていました。このように演出をするのも初めてだそうです。


ファルスタッフ役のセバスティアン・カターナ氏
にアクションを伝えるマエストロ チョン

 

「えっ! 初めてなんて信じられないほどアイディア満載ですね。仕掛けがたくさんあり、綿密に考えられていて驚きました。
 オペラでは通常は指揮者と演出家がいて、それぞれに作品に対する解釈があるわけです。二人が緊密に作業をできれば理想的なのですが、指揮者と演出家の意図が必ずしも一致しないこともあるのです。今回はマエストロが演出してさらに音楽作りもされていることで、演出と音楽作りの意図がぴったり一致しているのは、とても貴重なことだと思います」。


――家田さんは『ファルスタッフ』をどのような作品とお考えでしょうか。

 


『ファルスタッフ』の台本作家
ボーイト(左、1842-1918)と
作曲家ヴェルディ(1813-1901)


ロレンツォ・ダ・ポンテ(1749-1838)
イタリアの詩人・台本作家。
モーツァルトの3つのオペラ
『フィガロの結婚』
『ドン・ジョヴァンニ』
『コジ・ファン・トゥッテ』
の台本を書いたことで知られます



ファルスタッフの従者
バルドルフォとピスト―ラの台詞。
“Immenso Falstaff!
(偉大なファルスタッフ様!)”
“Enorme Falstaff!
(巨大なファルスタッフ様!)”
とファルスタッフを持ち上げます



 「ヴェルディ晩年のオペラでありながら、技法が進化していてより現代的であると同時に、先人たちへの敬意も強く感じます。
 台本作家のボーイトと作曲のヴェルディは、特にモーツァルトとダ・ポンテを意識して書いているように思います。『ファルスタッフ』はヴェルディとボーイトにとっての『フィガロの結婚』ではないかと思うんですね。『ファルスタッフ』では『フィガロ』のパロディが随所に散りばめられています。物語も似ていて、両方とも「浮気な男性がいて、それをチームワークで女性が懲らしめる」という大枠がある。もちろん、シェイクスピアの原作『ウィンザーの陽気な女房たち』が似ているからではあるのですが、それ以上の引用があります。

 ファルスタッフという人物は(『フィガロの結婚』の)ケルビーノの化身ではないかと思います。チョロチョロと色々な女性のところに行ってちょっかいを出す。『ファルスタッフ』の2幕で、ファルスタッフが“昔は自分はパッジョ(小姓)だった、細身ですばしっこかった”と語る場面があります。このセリフは『ウィンザー』ではなく、シェイクスピアの別の作品『ヘンリー四世』(ファルスタッフという人物が最初に登場する戯曲)からの引用なのですが、小姓だったという話をわざわざ出すことで、ケルビーノのイメージを想起させる仕掛けではないかと思うのです。“picciol Cherubino”(ちっちゃなケルビーノ)が“enorme Falstaff”(巨大なファルスタッフ)になったと考えると楽しいですよね。

 『フィガロ』ではケルビーノが伯爵夫人の寝室にやってきてカンツォネッタを歌い、伯爵が帰ってきたらクローゼットに隠れ、窓から逃げるという展開があるのですが、ファルスタッフもアリーチェの家で小歌を歌い、フォードが帰宅してあちこちに隠れた後に窓から投げ出されます。原作では窓から投げ出されるのではなく運び出されるだけなので、これはボーイトの洒落です。
 『ファルスタッフ』でファルスタッフとフォードという恋敵同士が戸口を譲り合うシーンは、スザンナとマルチェリーナという、恋のライバル関係にある二人が戸口を譲り合うシーンを思い起こさせます。
 また、『コジ・ファン・トゥッテ』『ドン・ジョヴァンニ』からの引用もところどころ、音楽とテキスト両方に感じられます。


ウィリアム・シェイクスピア(1564 -1616)
イングランドの劇作家、詩人。
『ファルスタッフ』の原作となった
「ウィンザーの陽気な女房たち」
「ヘンリー4世」の作者。ほか傑作多数。


 

 シェイクスピアへの深い共感も感じます。最後のフーガの「世の中みんなお遊びだ」というセリフはシェイクスピアの『お気に召すまま』の有名な「世界は舞台である、人間は役者にすぎない」というセリフから取られていると思いますし、『夏の夜の夢』の「森の中に入っていって、妖精と人間とが交わり、魔術があり、恋のもつれや人の取り違いがあって最後には大団円となる」というような流れもファルスタッフの最終場面と重なります。

 『ファルスタッフ』の最後の場面は、10人の登場人物によるフーガという形で、小悪党もいればおっちょこちょいもいる、愛し合う恋人たちもいる、色々な個性の人間が渾然一体となる中で、人間愛とか赦し合いといったことが語られている。混濁しているようでいて調和の取れている音楽が、ヴェルディとボーイトの世界観を表してしていると感じます。このフーガにはラメントモティーフ(嘆きのモティーフ)や十字架のモティーフも織り込まれていたり、宝探しのようです。ヴェルディとボーイトの「人間ってこうだよね」といった哲学を、尊敬するモーツァルトとダ・ポンテや、それ以前のバッハまで遡る音楽家たち、シェイクスピアへの深い敬意もおりまぜて提示しているということを強く感じるようになりました。

 細部にわたって作者たちヴェルディとボーイトの長い舞台芸術の歴史へのトリビュート、そして宇宙的な広がりを感じます」。


――『ファルスタッフ』は初めて聴いたとしてもあちこちで懐かしいなと思う瞬間があるのが不思議です。


『ファルスタッフ』最終場面は10人の登場人物によるフーガ。

 

「ヴェルディはボーイトがこの作品を勧めなければ書かなかった、『オテロ』で筆を折ろうと思っていた、でも勧められて書いたらすごいものが出来上がり、79歳で初演した。その境地に至ったということが奇跡だと思います」。


――お客様に注目いただきたいところは。

 

「歌手の皆さんお一人お一人が素晴らしくて、私自身、毎日稽古場で音を堪能させていただいています。これからオーケストラも一体となって音のドラマが作られていくのが大変楽しみです。
 演出については、具体的なところは“ネタバレ”になってしまうので言いにくいですが、オーケストラと歌手との間に立って全てまとめていらっしゃるマエストロだからこそできる演出だと思います。
 マエストロはオーケストラに対してもスピリットとして舞台に参加してほしいということをおっしゃっていました。歌手もオーケストラも、舞台転換をするスタッフに至るまで一緒に作り上げている、その一体感を感じていただけたらと思います。作品自体が持つテーマにも通じる、雑多な世界における調和ということととてもマッチしていると思います。
 同時にそれは指揮者の強みでもあります。演出家からすると演出にオーケストラを巻き込むということは簡単ではなく、少し壁があるのです。でも、マエストロが演出することによってそれが可能になります。きっと今までにない舞台になると思います」。



家田淳(いえだ・じゅん)

演出家・翻訳家。洗足学園音楽大学准教授。二期会、新国立劇場ほか国内主要オペラ公演で世界的な演出家の助手を数多く務め、英ロイヤルオペラハウスJette Parker Young Artists Programmeで研修。近年はオペラやコンサートの字幕製作でも高い評価を得る。2022年1月、台本の英訳(英語歌詞の執筆)を担当したオペラ「ZEN」が金沢歌劇座にて初演された。また英ロイヤルオペラハウス「蝶々夫人」の演出改訂プロジェクトに関わるなど活動の幅を広げている。



【特集】

 ▷ 【特別記事】10月定期演奏会の聴きどころ「最後に笑う者が、本当に笑う者なのだ〜ヴェルディの総決算にして新しい時代を切り開いた究極の傑作『ファルスタッフ』」(文=加藤浩子)
 ▷ 【特別記事】10月定期演奏会の聴きどころ「世界初! 名演の期待が高まるチョン・ミョンフンの『ファルスタッフ』(文=香原斗志)
 ▷ 東京フィル名誉音楽監督マエストロ チョン・ミョンフンが語る『ファルスタッフ』
 ▷ チェロ首席奏者 服部 誠が語るチョン・ミョンフン指揮・演出『ファルスタッフ』
 ▷ 歌劇『ファルスタッフ』の物語

10月定期演奏会 オペラ演奏会形式『ファルスタッフ』 

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10月20日[木]19:00開演
サントリーホール
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10月21日[金]19:00開演
東京オペラシティ コンサートホール
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10月23日[日]15:00開演
Bunkamura オーチャードホール

指揮・演出:チョン・ミョンフン
(東京フィル 名誉音楽監督)
ファルスタッフ(バリトン):セバスティアン・カターナ
フォード(バリトン):須藤慎吾
フェントン(テノール):小堀勇介
カイウス(テノール):清水徹太郎
バルドルフォ(テノール):大槻孝志
ピストーラ(バス・バリトン):加藤宏隆
アリーチェ(ソプラノ):砂川涼子
ナンネッタ(ソプラノ):三宅理恵
クイックリー(メゾ・ソプラノ):中島郁子
メグ(メゾ・ソプラノ):向野由美子
合唱:新国立劇場合唱団

楽曲解説(PDF)


ヴェルディ/歌劇『ファルスタッフ』(演奏会形式)
公演時間:約2時間30分(休憩を含む)
原作: ウィリアム・シェイクスピア 『ウィンザーの陽気な女房たち』
台本: アッリーゴ・ボーイト


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主催:公益財団法人 東京フィルハーモニー交響楽団
共催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団(10/21公演)
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術創造活動活性化事業)| 独立行政法人日本芸術文化振興会
   公益財団法人 ローム ミュージック ファンデーション(10/20公演)
   公益財団法人 三菱UFJ信託芸術文化財団(10/20公演)
   公益財団法人 花王 芸術・科学財団(10/20公演)
後援:日本ヴェルディ協会
協力:Bunkamura(10/23公演)

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