ホーム > インフォメーション > 10月定期演奏会の聴きどころ「世界初! 名演の期待が高まるチョン・ミョンフンの『ファルスタッフ』」

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2022年8月23日(火)

 10月の定期演奏会は、名誉音楽監督チョン・ミョンフンによるオペラ演奏会形式上演、ヴェルディの歌劇『ファルスタッフ』。“イタリア・オペラの巨人“作曲家ヴェルディの最後にして最高の傑作喜劇である本作を指揮するのは、マエストロにとって今回の東京フィル定期が初めてとなるそう。これまでミラノやウィーン、ヴェニス等世界の名だたる歌劇場で数々のオペラを指揮し、ヴェルディ作品にも精通するマエストロが今、初めて向き合うヴェルディ『ファルスタッフ』。高まる期待とともにその聴きどころをご紹介します。




 東京フィル名誉音楽監督チョン・ミョンフンがいよいよ、ジュゼッペ・ヴェルディの『ファルスタッフ』を指揮する。これまで振らなかったのは、機が熟すのを待つ必要があったからだろう。


ボーイトとヴェルディ

 ヴェルディは1871年に『アイーダ』を世に問うと、16年もオペラの新作を発表しなかった。その後、73歳で初演した『オテッロ』(1887年初演)と、初演時に79歳になっていた『ファルスタッフ』(1893年初演)という、シェイクスピアの戯曲をもとにした最後の2作は、『アイーダ』までのオペラとは異なる手法と様式で書かれた。そこに円熟の技法が加わって、ともにイタリア・オペラのひとつの頂点と呼ぶべき傑作に仕上がっている。
 音楽出版のジュリオ・リコルディの尽力もあり、29歳年下の作曲家で詩人、アッリーゴ・ボーイトのすぐれた詩を得たヴェルディが、久方ぶりに本気になったのだ。2作に共通するのは、アリア、重唱、合唱など個々の曲に番号をふる伝統的なスタイルを放棄し、ワーグナーの楽劇などと同様に、ひとつの幕の間は音楽が切れ目なく流れていくこと。結果として、それまで以上に音楽が言葉と密着し、ドラマとしての密度が非常に高くなった。
 マエストロ チョンは、この2作のうち『オテッロ』は、1990年代から幾度となく指揮してきた。1993年に音楽監督を務めていたパリのオペラ・バスティーユと録音したCDは名盤として名高く、2013年にはヴェネツィアのフェニーチェ劇場と来日して『オテッロ』を指揮。これも名演だった。
 一方、『ファルスタッフ』には、これまで一度も手を出さなかったのである。


自身の円熟を待っていた


ファルスタッフと小姓の絵
(Adolf Schrödter画、1867年)

「ファルスタッフの物語はコチラ

 

 新しい様式で書かれているとはいえ、『オテッロ』はヴェルディが得意としてきた悲劇の集大成であり、力強いオーケストラと巨大な声を駆使して、感情の鮮やかな変化と劇的な対峙が描かれていく。パワーアップはしているが、ドラマのメリハリは従来のヴェルディらしさが踏襲されている。
 しかし、『ファルスタッフ』はちがう。2作目の『一日だけの王様』以降、半世紀以上も手がけなかった喜劇なのである。そして、音楽が劇中の言葉に、それまでの作品を大きく超えるレベルで細やかに応えている。
 悲劇であれば、言葉がふくむ感情を音楽として表出させる際に、明確なイメージを持ちやすい。だが、『ファルスタッフ』はおとなの喜劇だから、下手にメリハリをつけるとドラマが死んでしまう。繰り出される洒脱な言葉の数々を千変万化する音楽で色づけ、細やかなニュアンスを加えることで、はじめて味わいが得られる。
 しかも『ファルスタッフ』は、ヴェルディがはじめて自分のために楽しんで作曲したオペラである。主人公のサー・ジョン・ファルスタッフは飲んだくれで好色の太鼓腹。ヴェルディはこの老騎士を、自らの戯画としても描いている。
 要するに、ヴェルディが書いたオペラのなかで、ある意味、もっとも味わい深い作品だといえるが、十分な「味わい」が得られるためには、指揮する側の円熟が欠かせない。そこでチョン・ミョンフンは、自らの円熟を焦らずに待っていたのだろう。

上質の笑いを引き出す手腕

 

 こうしてマエストロ チョンは今年11月、『ラ・トラヴィアータ(椿姫)』をはじめヴェルディの複数のオペラを初演してきたイタリア屈指の名門歌劇場、ヴェネツィアのフェニーチェ劇場のシーズン開幕公演で『ファルスタッフ』を5公演指揮する。マエストロ チョンはこの歌劇場と長年、深い信頼関係を築いているが、それに先立って、同様に深くかかわり、日ごろから特別な思いを吐露している東京フィルハーモニー交響楽団と、10月に3回にわたって『ファルスタッフ』に挑む。日ごろ東京で音楽を聴いている人間にとって、マエストロが自身の初演の場所に東京フィルを選んだことほど、うれしいこともない。 


マエストロ チョン・ミョンフンによる第1回レクチャーの様子

 東京フィルの公演は「演奏会形式」とされているが、現実には少しちがうようだ。このオペラを、機が熟すまで長く温めていただけのことはある。マエストロは今年5月に来日した際、東京フィルと『ファルスタッフ』に関する打ち合わせを行ったが、舞台上で人がどう動くべきか、小道具や衣装はどうあるべきか、すでに詳細なイメージを持っていた。そしてスコアを見ながら、長年寄り添っているマネージャーも驚くほど熱心に講義をしたという。
 『ファルスタッフ』はヴェルディのオペラのなかで、もっとも洗練されていると思う。それは、この作曲家の半世紀を超える作曲活動の集大成であり、ヴェルディという成長型の作曲家が最後に到達した境地であればこそ、である。
 近年、円熟を増しているマエストロ チョンは、自身のいまの円熟は、ヴェルディが『ファルスタッフ』において到達した境地に寄り添えるものだ、という確信を得たにちがいない。
 そうなると、おのずと熱の入り方がちがってくる。だからこそ、作品について視覚的にもイメージを深めているのである。
 このオペラならではの上質な笑いと、終演後のなんともいえない心地よさ。それを得るためには、作品の深みから味わいを掬いだす円熟の手腕が欠かせない。いまのマエストロ チョンにはまちがいなくその手腕がある。



2020年2月定期オペラ演奏会形式『カルメン』 ©上野隆文



香原斗志(かはら・とし / 音楽評論家)

イタリア・オペラなど声楽作品を中心にクラシック音楽全般について音楽専門誌や公演プログラム、研究紀要、CDのライナーノーツなどに原稿を執筆。著書に『イタリアを旅する会話』(三修社)、共著に『イタリア文化事典』(丸善出版)。新刊に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)。毎日新聞クラシック・ナビに「イタリア・オペラ名歌手カタログ」を連載中。歴史評論家でもあり、新刊に『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)がある。



10月定期演奏会 オペラ演奏会形式『ファルスタッフ』

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10月20日[木]19:00開演
サントリーホール
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10月21日[金]19:00開演
東京オペラシティ コンサートホール
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10月23日[日]15:00開演
Bunkamura オーチャードホール

指揮:チョン・ミョンフン
(東京フィル 名誉音楽監督)
ファルスタッフ(バリトン):セバスティアン・カターナ
フォード(バリトン):須藤慎吾
フェントン(テノール):小堀勇介
カイウス(テノール):清水徹太郎
バルドルフォ(テノール):大槻孝志
ピストーラ(バス):加藤宏隆
アリーチェ(ソプラノ):砂川涼子
ナンネッタ(ソプラノ):三宅理恵
クイックリー(メゾ・ソプラノ):中島郁子
メグ(メゾ・ソプラノ):向野由美子
合唱:新国立劇場合唱団


ヴェルディ/歌劇『ファルスタッフ』(演奏会形式)
公演時間:約2時間30分(休憩を含む)
原作: ウィリアム・シェイクスピア 『ウィンザーの陽気な女房たち』
台本: アッリーゴ・ボーイト


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主催:公益財団法人 東京フィルハーモニー交響楽団
共催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団(10/21公演)
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術創造活動活性化事業)| 独立行政法人日本芸術文化振興会
   公益財団法人 ローム ミュージック ファンデーション(10/20公演)
   公益財団法人 花王 芸術・科学財団(10/20公演)
協力:Bunkamura(10/23公演)

公演カレンダー

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