ホーム > インフォメーション > 10月定期演奏会の聴きどころ「最後に笑う者が、本当に笑う者なのだ〜ヴェルディの総決算にして新しい時代を切り開いた究極の傑作『ファルスタッフ』」

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2022年9月26日(月)

『ファルスタッフ』は究極のオペラである


ジュゼッペ・ヴェルディ
(1813-1901, by Ferdinand_Mulnier)

 『ファルスタッフ』(1893年初演)は究極のオペラである。19世紀のイタリア・オペラを牽引し、オペラを「声」の饗宴から「歌われる演劇」へと塗り替えたジュゼッペ・ヴェルディ(1813-1901)の最後のオペラで、ほぼ唯一の喜劇オペラというだけでもインパクトは強いが、『ファルスタッフ』の凄さはヴェルディの個人的な創作史にとどまらない。『ファルスタッフ』は、イタリア・オペラの新しい地平を開拓したユニークなオペラなのである。
 ヴェルディは悲劇の巨匠だった。『椿姫』も『リゴレット』も『アイーダ』も『オテロ』も、彼の傑作はすべて悲劇だ。性格的に悲劇に向いていたこともあったが、駆け出しの頃、『1日だけの王様』というオペラ・ブッファ(伝統的なイタリア語の喜歌劇)の台本を押しつけられ、手ひどい失敗を喫したことも一因だった。晩年、大好きなシェイクスピアの戯曲に基づいた『オテロ』(1887年初演)で、73歳にして悲劇を極める。その先は、もう喜劇を極めるしかなかった。『オテロ』の台本を書いたアッリーゴ・ボーイトに背中を押され、ヴェルディは喜劇にとりかかった。物語の下敷きになったのは、シェイクスピアの喜劇『ウィンザーの陽気な女房たち』。どこからの依頼でもなく、自分から進んで作曲したことが、ヴェルディをのびのびとさせた。
 そしてそれは、とんでもなく斬新なオペラになった。『ファルスタッフ』は音楽が語る演劇なのだ。かつてのヴェルディのオペラを知る人たちは「アリアがない」と戸惑うが、ヴェルディはここで新境地を開いた。切れ目なく続く全曲は、すべてが聴きどころと言っていい。短いモノローグがいくつかあるが、それもあっという間に過ぎ去っていく。アンサンブルの精度の高さも驚異的だ。


イタリア・オペラを超えた魅力

 ヴェルディは『ファルスタッフ』でイタリア・オペラを超えた。プッチーニからストラヴィンスキーまで、『ファルスタッフ』に影響を受けた作曲家は数知れない。イタリア・オペラ嫌いで知られるリヒャルト・シュトラウスも、『ファルスタッフ』には感嘆した。
 ヴェルディの人生を知ると、『ファルスタッフ』はひときわ味わい深い作品になる。音楽院に入れず、妻子に死なれ、なかなか芽が出なかった青年時代。売れっ子になり、馬車馬のように働き、二人目のパートナーのスキャンダルに悩まされた中年時代。作曲家として国際的な名声を得、農業経営でも成功し、名士になった壮年時代。芸術家気質のワーグナーとは対照的な「事業家」だったヴェルディは、成功を目指してがむしゃらに働き続けた。それが一段落し、ふっと肩の力が抜けた時に、彼の目の前に広がった微笑の花園。それが『ファルスタッフ』なのだ。

イラスト=ハラダチエ


ヴェルディが自身を投影した、達人の境地

 老いぼれファルスタッフに、ヴェルディは自分自身を投影した。「名誉のモノローグ」で自らがこだわっていた「名誉」という価値観を一蹴し、逢引を前に「行け、老いぼれジョン」と自らを励ます。そして最後のフーガでは、「人生はみな冗談」「人間はみな道化」だと、人生と人間を笑い飛ばすのだ。
 達人の境地。確かにそうだろう。けれど、ここに至るまでにヴェルディがなんとはるかな、なんと遠い道を歩いてきたかに想いを馳せると、筆者は目頭が熱くなる。『ファルスタッフ』はだから、筆者にとっては「泣けるオペラ」でもある(「馬鹿なことを言うな」と、ヴェルディ翁が草葉の陰で苦虫を噛み潰していそうだが。)
 どうぞ皆さま、この類まれな音楽劇に、とっぷりと浸っていただきたい。ヴェルディを知り尽くしたチョン・ミョンフン・マエストロの絶妙のタクトは、これ以上ない水先案内人になってくれるはずだから。


2021年9月定期演奏会〈ブラームス 交響曲の全て〉カーテンコールより ©三浦興一



加藤浩子(かとう・ひろこ)

慶応義塾大学大学院修了(音楽学)。オーストリア・インスブルック大学留学。音楽評論家。著書に『人生の午後に生きがいを奏でる家』(中経出版)、『さわりで覚えるオペラの名曲20選』(楽書館)、『黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ』『バッハへの旅』(東京書籍)、『今夜はオペラ!』『ようこそオペラ!』(春秋社)、『ヴェルディ』『オペラでわかるヨーロッパ史』『音楽で楽しむ名画』『オペラで楽しむヨーロッパ史』(平凡社)ほか。11月に最新刊『16人16曲でわかるオペラの歴史』(平凡社新書)を刊行予定。



【特集】

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 ▷ チェロ首席奏者 服部 誠が語るチョン・ミョンフン指揮・演出『ファルスタッフ』
 ▷ 歌劇『ファルスタッフ』の物語

10月定期演奏会 オペラ演奏会形式『ファルスタッフ』 

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10月20日[木]19:00開演
サントリーホール
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10月21日[金]19:00開演
東京オペラシティ コンサートホール
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10月23日[日]15:00開演
Bunkamura オーチャードホール

指揮・演出:チョン・ミョンフン
(東京フィル 名誉音楽監督)
ファルスタッフ(バリトン):セバスティアン・カターナ
フォード(バリトン):須藤慎吾
フェントン(テノール):小堀勇介
カイウス(テノール):清水徹太郎
バルドルフォ(テノール):大槻孝志
ピストーラ(バス・バリトン):加藤宏隆
アリーチェ(ソプラノ):砂川涼子
ナンネッタ(ソプラノ):三宅理恵
クイックリー(メゾ・ソプラノ):中島郁子
メグ(メゾ・ソプラノ):向野由美子
合唱:新国立劇場合唱団

楽曲解説(PDF)


ヴェルディ/歌劇『ファルスタッフ』(演奏会形式)
公演時間:約2時間30分(休憩を含む)
原作: ウィリアム・シェイクスピア 『ウィンザーの陽気な女房たち』
台本: アッリーゴ・ボーイト


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主催:公益財団法人 東京フィルハーモニー交響楽団
共催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団(10/21公演)
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術創造活動活性化事業)| 独立行政法人日本芸術文化振興会
   公益財団法人 ローム ミュージック ファンデーション(10/20公演)
   公益財団法人 三菱UFJ信託芸術文化財団(10/20公演)
   公益財団法人 花王 芸術・科学財団(10/20公演)
後援:日本ヴェルディ協会
協力:Bunkamura(10/23公演)

公演カレンダー

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