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2024年4月28日(日)
グスタフ・マーラー
(1860-1911)
東京フィルの首席指揮者に就任するより前の2014年1月に交響曲第1番『巨人』を演奏して以来、第8番(2019年1月)、第5番(2022年9月)と、マーラーの交響曲に取り組んできたアンドレア・バッティストーニ。取り上げるペースは決してはやくはないものの、入念な準備を重ねたうえで演奏されるバッティストーニと東京フィルのマーラーは、常に高い評価を獲得してきた。東京フィルのシェフになって8シーズン目の2024年11月には、『夜の歌』の愛称でも親しまれる交響曲第7番に挑む。マーラーの交響曲のなかでも屈指の難曲として知られ、ほかの交響曲に比べて演奏される機会は少ない第7番だが、緻密な対位法書法と洗練を極めたオーケストレーションは、マーラーの最高傑作と呼ぶに相応しいものだ。マーラー自身が作品について多くを語らなかったことから、多様な解釈の余地があるのも第7番の魅力である。2024年3月定期『カルミナ・ブラーナ』の熱演の興奮冷めやらぬマエストロに、11月の演奏へ向けて、作品観や意気込みを語ってもらった。
――バッティストーニさんは北イタリアのヴェローナのご出身ですが、幼少期にはしばしばご家族でトブラッハ(イタリア語ではドッビアーコ)を訪れていたと伺いました。トブラッハはマーラーゆかりの街として知られていますね。
南チロル(北イタリア)に位置する
トブラッハ(ドッビアーコ)。
リゾート地として知られる
©Luca Lorenzi
トブラッハのグスタフ・マーラー・ハウスの
前にあるマーラーの銅像
「私が子供の頃、私たち家族は毎年クリスマスの休暇をオーストリアとの国境に近いトブラッハで過ごしました。トブラッハにはマーラーの晩年の作曲小屋があって、ここで交響曲『大地の歌』と第9番が作曲されました。少年時代の私にとってマーラーは、毎朝朝食を買いに行くパン屋の前にある銅像の人物でした。私と弟はこの銅像の周りでよく遊んでいましたね。ある日私は、『メガネをかけてマントを羽織っている、この魔法使いみたいな人物は誰なのか』と母に質問してみました。すると母は、『これはグスタフ・マーラーという高名な作曲家の銅像だ』と教えてくれたんです。
私がマーラーの作品に最初に触れたのは、10代のとき、エリアフ・インバルとフランクフルト放送交響楽団による交響曲第1番の録音でした。CDのジャケットにはあの銅像と同じ顔が印刷されていました。初めて聴いたときには、冒頭の弦楽器の不思議な響きに魅了されたのを覚えています。このように、私にとってマーラーは、幼少期のトブラッハの想い出と密接に結びついているんです」
――その後、マーラーはバッティストーニさんにとって重要な作曲家になっていったのでしょうか?
「私のマーラーに対するアプローチは、ゆっくりと慎重なものだったと思います。マーラーという作曲家はとても複雑で、理解するのには時間が必要だったからです。私と同世代で、これまでマーラーに夢中だった指揮者たちの関心は最近ブルックナーへと移ったようなので、私もようやくマーラーに集中的に取り組んでみようかと思ったのでした(笑)」
「交響曲第7番」について
――入念な準備を重ねて少しずつマーラーの交響曲と向き合われてきたバッティストーニさんですが、東京フィルとのマーラーの演奏はいつも大きな成功を収めてきました。次に取り上げられるのは屈指の難曲として知られる第7番です。
夏休みにトブラッハの別荘付近を
散歩するマーラー夫妻(1909)。
マーラーは1908年~1910年の毎夏をこの地で過ごし、
作曲小屋で『大地の歌』、交響曲第9番、
交響曲第10番のスケッチを書いた。
「東京フィルとはすでに、交響曲第1番、第5番、第8番を演奏してきたので、次はぜひ第7番を演奏したいと思っていました。私は第7番を傑作だと思っているのですが、実際にはマーラーの交響曲のなかでもっとも演奏頻度の低い作品となっています。例えば第6番や第9番と比較しても、第7番はとてもわかりやすい作品ですが、音楽ファンのなかには苦手意識を持っている方も少なくないようです。
第7番のなによりの特徴はストーリーテリングの質の高さであり、とても演劇的な交響曲だと思います。また第7番はマーラーのそれまでのスタイルの集大成のような音楽でもあります。第7番は、第1番から第6番までの交響曲の再現部のようなものだと言えるかもしれません。第7番のあとには、マーラーの音楽言語は変化していきました。
第7番は、第5番、第6番と続いた純器楽交響曲のクライマックスであり、その管弦楽書法は洗練を極めています。また『魔法の不思議な角笛』と関連した初期の交響曲に特徴的な自然への愛着も第7番には見出すことができます。そして、第8番、『大地の歌』、第9番と続いていく晩年の交響曲を予感させるような要素も含まれています。このように、第7番にはマーラーの交響曲の創作の変遷が全て詰め込まれているのです」
――先ほどバッティストーニさんがおっしゃったように、音楽ファンのなかにはこの交響曲をとっつきにくい作品だと敬遠している人もいますね。
「マーラーの交響曲には相反するふたつの要素が共存していることがしばしばあります。この第7番は高度な対位法書法のもと、音楽は厳格にコントロールされていますが、実際に聴こえてくるのはカオスなのです。そうした違和感が、この交響曲を理解し難いものだと感じさせてしまっているのかもしれません。マーラー自身は第7番について具体的なエピソードをほとんど語っていませんが、私はこの交響曲をとても物語的な作品だと思っています。とりわけ〈夜曲〉とタイトルが付けられたふたつの楽章は、ロマン派の文学、例えば E.T.A.ホフマンの小説の世界を想起させるのです。第7番は私のなかにある演劇的な関心を刺激しますし、この作品の劇的効果を掘り下げていきたいと思っています」
――交響曲第7番は第3楽章のスケルツォを中心としたシンメトリーな構造を持つ点で第5番に似通っていますが、第5番のような暗から明へと至るベートーヴェン的な展開はありませんね。第5楽章はとても明るいフィナーレですが、それまでの4つの楽章と比べて不自然なほど明るいようにも感じられます。
レンブラント・ファン・レイン
「夜警」
(1642年、アムステルダム国立美術館蔵)
「確かに、この交響曲に英雄的な勝利はありません。作品を支配するのは、おどろおどろしい暗闇です。第6番にもそうした暗さはありますが、それはタイトルの通りとても悲劇的で、そうした悲劇に立ち向かっていくロマンティックなストーリーを見出すこともできるでしょう。一方第7番では、暗闇は美しいものとして完全に受け入れられています。第1楽章にはいくらか暗闇に抗うような部分も聴かれますが、第2楽章から第4楽章では暗闇は魅惑的なものとして描かれているのです。ウィレム・メンゲルベルクは、第2楽章をレンブラントの『夜警』のような音楽だと述べましたが、これは素晴らしいたとえです。第3楽章にはファンタスマゴリアのショーのような幻想的で魅惑的な世界が広がっています。もうひとつの〈夜曲〉である第4楽章では、ギターやマンドリンによってセレナーデが奏でられますが、そこにあるのは交響曲第5番のアダージェットのようなエロティックな愛ではなく、もう少し距離のある冷静さを持った愛なのです。
第5楽章では唐突に夜の世界から昼の世界へと転じます。このフィナーレだけは、『夜の歌』ではなく『朝の歌』と呼ぶべきかもしれません(笑)。私にとって第5楽章は、チロル地方のトブラッハのような街の日曜日の朝のイメージです。教会の鐘の音も聞こえてきます。しかし、その明るさは次第に狂気を帯びた喜びへと発展し、デュオニュソス的なクライマックスへと突き進んでいきます。その終わり方は、空高く舞い上がった鷹が突然落下するような、あるいはマジシャンが自分の下に敷いてあるカーペットを急に抜いてしまったかのような、ショッキングなものです」。
東京フィルとのマーラー「交響曲第5番」にて ⓒ上野隆文
八木宏之(やぎ・ひろゆき)/1990年東京生まれ。青山学院大学文学部史学科芸術史コース卒業。愛知県立芸術大学大学院音楽研究科博士前期課程(修士:音楽学)およびソルボンヌ大学音楽専門職修士課程修了。2021年春にWebメディア『FREUDE』を立ち上げ、その運営を行う株式会社メディアシオンを設立。クラシック音楽を中心にプログラムノートやライナーノーツを多数執筆するほか、コンサートのプレトークなども積極的に行なっている。
11月定期演奏会
11月13日[水]19:00開演
東京オペラシティ コンサートホール
11月17日[日]15:00開演
Bunkamura オーチャードホール
11月19日[火]19:00開演
サントリーホール
指揮:アンドレア・バッティストーニ(首席指揮者)
マーラー/交響曲第7番『夜の歌』
公演時間:約80分(休憩なし)
1回券料金
SS席 | S席 | A席 | B席 | C席 | |
---|---|---|---|---|---|
チケット料金 | ¥15,000 |
¥10,000 |
¥8,500 |
¥7,000 |
¥5,500 |
※( )…東京フィルフレンズ、WEB優先発売価格(SS席は対象外)
1回券発売日
最優先(賛助会員・定期会員) 4月13日(土)10時~ |
優先(東京フィルフレンズ) 4月20日(土)10時~ |
一般発売 5月7日(火)10時~ |
WEB優先発売期間 / 期間中はどなたさまも定価の1割引き! 4月20日(土)10:00 ~ 5月6日(月)23:59 |
※東京フィルチケットサービスはチケット発売初日の土日祝のみ10時~16時営業
主催:公益財団法人 東京フィルハーモニー交響楽団
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術等総合支援事業(公演創造活動))| 独立行政法人日本芸術文化振興会
協力:Bunkamura(11/17公演)