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2025年2月6日(木)

「聴くしかない」マエストロ チョン・ミョンフンの『英雄』
名誉音楽監督チョン・ミョンフン
2月24日から26日に催されるチョン・ミョンフン指揮による東京フィルハーモニー交響楽団「2025シーズン2月定期演奏会」は曲目、演奏者ともども本当に楽しみだ。私は以前から勝手に「世界でもっとも聴く価値のある指揮者はチョン・ミョンフン」と公言していたが、その彼も今や巨匠。「もっとも聴く価値のある」の確信は強まるばかり。その彼が『英雄』を指揮するのだから、これは「聴くしかない」。
もうひとつ勝手な評価ながら、シンフォニー・コンサートの場でベートーヴェン『英雄』とチャイコフスキー『悲愴』のどちらか、または両方を指揮して感動を与えてくれる人は、それだけで真の意味で「巨匠指揮者」と言える。過去の実績から行ってもチョン・ミョンフンは正に「両方」に該当。さらにはマニアックな興味として、第1楽章コーダでの例のトランペット主題の扱いはどうなるのか、第2楽章135小節からのホルンによる信号音型は譜面通り1人なのか、通例で3人で勇壮に吹かせるのか、第3楽章のテンポは、最終楽章の扱いは、使用楽譜は新・旧ブライトコップのどちらなのか最新のベーレンライターなのか、東京フィルの演奏人数と配置は今回はどうなのか、マエストロはいつものように暗譜なのか、などなど俗な興味もまた尽きない。そして何よりも、今回はどのようなインパクトと感動が得られるのか。これはもう「聴くしかない」。
若手ソリスト陣にも期待が高まる「トリプル・コンチェルト」
さらにこの演奏会は前半に「トリプル・コンチェルト」こと「ピアノ、ヴァイオリンとチェロのための三重協奏曲 ハ長調 作品56」が演奏される。この曲は20世紀半ばまで、今では信じられないほど不評、無名で、「駄作」扱いする研究者も多かった。ベートーヴェン先生のこんなオモシロ・コンチェルトがかつては「駄作」扱い?!
「トリプル」はピアノ協奏曲第3番と第4番の間、1803年から1804年にかけて作曲されている。ベートーヴェンの創作活動がピークに達していた時期に当たる。実演では多くの場合(今回も)ステージ上に有名ソリストが3人居並ぶので視覚的にも華やか。そのため近年は一種のフェスティバル協奏曲としてホールのこけら落としや記念行事での需要が増えている。
数多い「オモシロ」の実例をひとつだけ挙げよう。第1楽章では主題を3人のソロが展開していく……と想像される直前、突然のようにイ短調で激しいハンガリー風/ロマ(昔で言う”ジプシー“)風の掛け合いが始まる。この部分は本当にオモシロで、3人のソリストが自分たちの音をぶっつけ合いながら力演する。当日は3人がどんな掛け合いをきかせてくれるだろう。
今回のチェリスト、ハン・ジェミンにも注目したい。2006年生まれ。ジョルジュ・エネスク国際コンクールの最年少優勝者。実はこの曲のチェロ・パートは、演奏不能なほど難しいことでチェリストには恐れられている。各楽章の主題は多くの場合、チェロが先導。しかもチェリストはピアノやヴァイオリンの音型とほぼ同じものを弾かねばならず、その負担は想像以上。それでいて音量的には全体に埋没しがち。「トリプル・コンチェルト」をステージで聴く時には、縁の下で大汗をかいているチェリストの奮闘にぜひ注目したい。ヴァイオリンは2022年「ヴィニャフスキ国際コンクール」優勝の前田妃奈。何度か接したリサイタルでも押し出しの強い、キャラクター性満載の名演奏を聴かせてくれている。そしてピアノは、1974年「チャイコフスキー・コンクール」ピアノ部門で2位になっているマエストロ・チョン本人が「弾き振り」する。
後半の『英雄』だけでなく、前半の「トリプル・コンチェルト」にも乞うご期待。『英雄』目当てでチケットを購入済みの方も、前半の愉快さに気づいていただけるといっそう嬉しい。
2024年2月定期演奏会より ⓒ上野隆文
渡辺和彦(わたなべ・かずひこ)/1954年北海道生まれ。立教大学ドイツ文学科卒。数多くの音楽放送番組の企画構成、案内を長期間続ける。『音楽の友』誌の演奏会批評のほか全国紙や地方紙で月評やエッセイ、書評を連載中。著書『ヴァイオリニスト33』(河出書房新社)、『ヴァイオリン、チェロ名曲・名演奏』『名曲の歩き方』(音楽之友社)、『クラシック辛口ノート』(洋泉社)など多数。
2月定期演奏会
2月24日[月・祝]15:00開演
Bunkamura オーチャードホール
2月25日[火]19:00開演
サントリーホール
2月26日[水]19:00開演
東京オペラシティ コンサートホール
指揮・ピアノ:チョン・ミョンフン
(東京フィル 名誉音楽監督)
ヴァイオリン:前田妃奈*
チェロ:ハン・ジェミン*
ベートーヴェン/ピアノ、ヴァイオリンとチェロのための三重協奏曲*
ベートーヴェン/交響曲第3番『英雄』
【聴きどころ】シーズン開幕は、名誉音楽監督チョン・ミョンフンが登場。ベートーヴェン・プログラムを披露する。三重協奏曲は、2024年の東京フィルとの韓国ツアーと同様、マエストロがピアノの弾き振りで参加。今回は次世代を担う日韓の若手奏者と共演する。ヴァイオリンの前田妃奈は、2022年ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクール優勝、マエストロ推薦のチェロのハン・ジェミンは、2021年エネスク国際コンクールに史上最年少の15歳で優勝。国際的に実力が評価された2人のエネルギッシュな演奏に期待が高まる。交響曲は、昨年の『田園』に続き、『英雄』を取り上げる。2020年のベートーヴェン・イヤーに予定されていた(コロナ禍による渡航制限で延期の)『英雄』がようやく実現。その磨き抜かれた演奏は聴き手の胸を熱くするだろう。
文:柴辻純子(音楽評論家)