ホーム > インフォメーション > 【特別記事】4月定期演奏会の聴きどころ 桂冠指揮者尾高忠明とともにおくる尾高惇忠・ラヴェル・エルガーへのオマージュ

インフォメーション

2025年2月21日(金)

敬愛する兄へのオマージュ



尾高惇忠(1944-2021)

 4月定期公演は尾高忠明にとって三つの意味を持つ。尾高の父、尚忠(1911-1951)は昭和初期の日本を代表する指揮者・作曲家。山田耕筰や近衛秀麿に続く世代の、わが国におけるクラシック音楽の牽引車的存在であった。しかし、尚忠は1951年に39歳の若さで急逝。残された幼い兄弟は偉大な父の才能と志を受け継ぎ、長じて兄の惇忠(1944-2021)は作曲家、弟の忠明は指揮者となる。「音の旅」は惇忠が宮沢賢治の童話にインスピレーションを得て1970年代に書いたピアノ連弾のための小品集。2020年に管弦楽版も作られた。ラヴェルの《マ・メール・ロワ》を思わせるこの版を、尾高は今回初めて指揮する。4年前に亡くなった兄へのオマージュと言えよう。




円熟の両巨匠



今年3月7日に生誕150年を迎えた
モーリス・ラヴェル(1875-1937)


1984年の東京フィルヨーロッパ
演奏旅行の報告書より。
1984年4月24日~6月4日にかけ、
ヨーロッパ各地で28公演を行った。
指揮は尾高忠明、ソリストは
舘野泉(ピアノ)、堤剛(チェロ)


舘野泉 ©Akira Muto

 舘野泉(1936年生まれ)は長年フィンランドを中心に活動してきた名ピアニスト。1984年春、東京フィルのヨーロッパ・ツアーで30代の尾高は40代の舘野と共演している。曲目はグリーグのピアノ協奏曲であった。2002年に脳溢血で倒れて右手の自由を失うが、復帰後は左手のためのレパートリーを精力的に開拓してきた。40年後、円熟の巨匠となった二人が、モーリス・ラヴェル(1875-1937)の「左手のための協奏曲」に取り組む。


ライフワーク


 後半はエドワード・エルガー(1857-1934)の交響曲第3番。晩年のエルガーは第1次世界大戦(1914~1918)の惨禍と愛妻アリスの死(1920)の衝撃から立ち直れず、創作意欲を失ったと言われてきた。しかし生涯の最後の時期、燃え尽きる前の蝋燭の炎の最後の輝きのように、エルガーは新しい交響曲に取り組んでいた。1932年秋、エルガーと親交のあった文豪ジョージ・バーナード・ショウ(1856-1950)は英国放送協会(BBC)を説得してエルガーに新しい交響曲の委嘱を行わせた。1932年末から翌33年夏にかけてエルガーは作曲に没頭した。劇的な復活の背景には、1931年11月にエルガーが出会ったユダヤ系の女性ヴァイオリニスト、ヴェラ・ホックマン(1897-1963)の存在もあった。生涯の最後の2年余り、ヴェラはエルガーのミューズとなる。しかし、交響曲が未完のままエルガーは1934年2月に亡くなり、約130枚のスケッチが残された。遺稿は大英図書館に寄託され、以後、半世紀以上眠り続ける。



1931年頃のエルガー(1857-1934)

 未完の交響曲を忘却の淵から引き上げたのは英国の作曲家アンソニー・ペイン(1936-2021)である。ペインは1972年以来遺稿を研究し、エルガー家の同意とBBCの協力を得て1997年に交響曲第3番として補筆完成した。翌1998年2月のロンドンにおける初演は好評であったが、「真正のエルガー作品ではない」という批判もある。約130枚の遺稿の大部分はピアノ譜であり、数十におよぶ断片どうしの関係も明らかではない。また、エルガー自身がオーケストレーションを施していたのは数枚だけであった。その意味では「長年にわたるエルガー研究の成果を活かして遺稿を整理補筆した、ペインによる二次創作」であり、エルガーの「正典」とは言い難い。とはいえ、交響曲第3番は初演以来、世界各国のオーケストラでとりあげられ、いまやエルガーの「外典」の地位を確立している。尾高は1987年から1995年までBBCウェールズ交響楽団(現BBCウェールズ・ナショナル管弦楽団)の首席指揮者を務めた。英国音楽界への貢献を認められ、1997年にはエリザベス2世女王から大英帝国勲章(CBE)を、そして1999年には英国エルガー協会から名誉あるエルガー・メダルを授与されている。エルガーを(ブルックナーと並んで)「わがライフワーク」と語る尾高は、エルガー(ペイン補筆)交響曲第3番の価値をいち早く認め、2004年2月20日に札幌交響楽団を指揮して日本初演を行った。その後、NHK交響楽団や読売日本交響楽団でもこの曲を指揮し、2026年2月には現在音楽監督を務める大阪フィルハーモニー交響楽団でとりあげる予定である。いまや尾高はこの曲の演奏の世界的な第一人者である。その尾高がかつての手兵、東京フィルといかなるエルガーの3番を聴衆に届けるのか。興味は尽きない。


2023年6月定期演奏会より
マエストロ尾高は2023年6月の東京フィル定期
尾高惇忠「オーケストラのための『イマージュ』」も取り上げている  ⓒ上野隆文



等松春夫(とうまつ・はるお)/1962年米国パサデナ市生。防衛大学校国際関係学科教授。専攻は政治外交史・比較戦争史。オックスフォード大学博士(政治学・国際関係論)。主な著訳書に『日本帝国と委任統治』『なぜ国々は戦争をするのか』 A Gathering Darkness: The Coming of the War to Asia and the Pacific など。1991~97年の留学中に英国音楽の魅力に目覚める。エルガー《エニグマ変奏曲》、《南国にて》、《弦楽セレナード》、ホルスト《惑星》、《セントポール組曲》等のスコア解説を執筆。英国エルガー協会、ホルスト協会会員。



4月定期演奏会

チケットを購入
4月24日[木]19:00開演
サントリーホール
チケットを購入
4月25日[金]19:00開演
東京オペラシティ コンサートホール
チケットを購入
4月27日[日]15:00開演
Bunkamura オーチャードホール

指揮:尾高忠明
(東京フィル 桂冠指揮者)
ピアノ:舘野 泉*


特設ページはこちら


尾高惇忠/『音の旅』(オーケストラ版)より
 第1曲「小さなコラール」
 第5曲「シチリアのお姫さま」
 第15曲「フィナーレ~青い鳥の住む国へ~」
ラヴェル/左手のためのピアノ協奏曲*〈ラヴェル生誕150年〉
エルガー/交響曲第3番(A. ペイン補筆完成版)


【聴きどころ】桂冠指揮者尾高忠明が定期に登場 。ソリストは、2025年に演奏生活65周年を迎えるピアノの舘野泉。1984年の東京フィル初のヨーロッパ演奏旅行をともにするなど、日本のクラシック音楽界を牽引してきた2人による共演である。ラヴェル「左手のためのピアノ協奏曲」は、作曲家の生誕150年を祝して。エルガー交響曲第3番は、「誰も手をつけてはならぬ」と言葉を残して作曲家が世を去ったあと、1997年にA.ペインの補筆で完成。英国で活躍したマエストロにとって、日本初演を指揮するなど思い入れが深い作品で、名演が期待される。尾高惇忠『音の旅』(抜粋)は、ピアノ連弾曲からの編曲。オーケストラの響きによって、その心優しい音楽がさらに深まる。
文:柴辻純子(音楽評論家)

公演カレンダー

       

東京フィルWEBチケットサービス

お電話でのチケットお申し込みは「03-5353-9522」営業時間:10:00~18:00 定休日:土・日・祝