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2023年5月2日(火)
東京フィルの11月定期演奏会は首席指揮者アンドレア・バッティストーニが登場。英国の劇作家ウィリアム・シェイクスピアの作品から、作曲家チャイコフスキーがインスピレーションを得て生まれた作品を軸にお届けします。3月、シェイクスピア戯曲37作品の完訳という偉業で著名な翻訳家・松岡和子さんとマエストロ バッティストーニとの対談が実現しました。舞台人でありまた読書狂で知られるマエストロと、長年にわたりシェイクスピアと向き合ってきた松岡先生との対話から、物語と音楽の誕生における興味深いプロセスが浮かび上がりました。
(通訳:井内美香 / 撮影:寺澤有雅)
「作曲家が物語に触発されて作曲する場合、まず何から作るのか」
松岡 はじめまして。これはお土産です。安野光雅さんという画家の方が描いた絵と私がテキストを書いた本です。(『繪本 シェイクスピア劇場』(講談社刊))
いきなり本題です。バッティストーニさんは、ご著書『ぼくたちのクラシック音楽』(音楽之友社刊)の中で、さまざまなインスピレーションのことを書いています。
私にとって音楽でずっとミステリアスだったのは、画家が物語を読んで絵にする……それは具体的なシーンや、あるいはキャラクターだったりします。たとえばミレーの絵画『オフィーリア』(Ophelia)(注1)などは、あれは本当に、ある場面の、あるキャラクターが描かれています。
ミレー作『オフィーリア』
(1851-1852、テート・ブリテン美術館蔵)
他にも『夏の夜の夢』はブリテンのオペラ『真夏の夜の夢』があったり、メンデルスゾーンの劇伴音楽があったりしますし、『ロミオとジュリエット』も、プロコフィエフのバレエ音楽や、それからチャイコフスキーの幻想序曲がある。
作曲家は「この場面にはこの音楽」というふうにインスパイアされると思っていたのだけれど、今度11月に取り上げるチャイコフスキーの3つの曲(幻想曲『テンペスト』、幻想序曲『ハムレット』、幻想序曲『ロメオとジュリエット』)は、そうではないですよね。場面と音楽がはっきりと結びついているわけではない。そこで、作曲家が物語を読んでインスパイアされて作曲する場合、まず何から作るのか、お伺いしたいのです。
注1:シェイクスピアの戯曲『ハムレット』の登場人物で主人公ハムレットの恋人。ミレーの絵画は舞台であるデンマークの川で溺れてしまう直前の様子を描いている(第4幕第7場)。
バッティストーニ とても特別な道筋が頭の中にあるのだと思います。チャイコフスキーはシェイクスピア作品を確実に読んだと思います。当時のロシアの作曲家にとって――フランスでも同様だと思いますが――シェイクスピアの作品を劇場の舞台で観るということはとても難しかったはずです。チャイコフスキーだけでなく、ベルリオーズもワーグナーも、他の作曲家も、当時、シェイクスピアからインスピレーションを得た作曲家たちは、もとの戯曲を読んで、頭の中で映画が上映されるようにして、どんなことが起こったのかということを作って、そこからのイマジネーションで作曲したのだと思います。
まず、この――「標題音楽」というのですが――幻想曲『テンペスト』のように、名前がついているけれど実際の舞台には付随していない音楽を書く場合、作曲家は作品を読んで、聴衆との間にある種の“ゲーム”を行うわけです。お客様に“ゲーム”を仕掛けて、インスピレーションを喚起する。
『テンペスト(あらし)』(全5幕・1611年初演)…国を追われて孤島に暮らすミラノ大公の兄プロスペローとその娘ミランダのもとに、ナポリ王父子やプロスペローの弟アントーニオら一行が嵐に遭い漂着する。その嵐はプロスペローが魔法の力で起こしたものだった。島で父らとはぐれたナポリ王子ファーディナンドはミランダと恋に落ち、さまざまな試練を乗り越えて結ばれる。プロスペローは自身を陥れた人々をも赦し大団円を迎える。
チャイコフスキー/幻想曲『テンペスト』は1873年作曲。
『ハムレット』(全5幕・1601年頃)…シェイクスピアの四大悲劇の一つ。デンマークの王子ハムレットが、父王を毒殺して王位に就き母を妃とした叔父クローディアスに復讐する物語。ハムレットの想い人で宰相の娘オフィーリアは悲劇の中で狂死し、ハムレット自身も復讐を果たした後にこの世を去る。「To be, or not to be, that is the question.」の台詞が有名。
チャイコフスキー/幻想序曲『ハムレット』は1888年作曲。
『ロミオとジュリエット』(全5幕・1595年頃)…イタリアの古都ヴェローナが舞台。敵対する両家、モンタギュー家のロミオとキャピュレット家のジュリエットが恋に落ち、周囲の無理解に苦しむなか神父ロレンスの導きにより「仮死状態の薬」を使って両家を欺き逃亡を計画するが、行き違いにより二人とも命を落としてしまう。ヴェローナはバッティストーニの故郷でもある。
チャイコフスキー/幻想序曲『ロメオとジュリエット』は1869年作曲。
作曲家の偉大さや、その音楽作品における作曲家自身のファンタジーを演奏会でお客様の前に提示する
チャイコフスキーが書いたのはシェイクスピアの3つの作品(『テンペスト』、『ハムレット』、『ロミオとジュリエット』)ですが、ここには芝居やセリフがない。音楽しかないので、音楽自身が“劇場的な”テンションをもっています。
たとえば、幻想曲『テンペスト』の始めのところは、冷たい、動きがない感じ。シェイクスピアの『テンペスト』の物語を知っていて、その音楽だと思って聴けば「海なんじゃないか」と思うでしょう。そこへ、音楽に動きが出てくると「これは嵐なんじゃないか」、チャイコフスキーらしいカンタービレのメロディが出てくると「これは愛のシーンなんじゃないか」「ヒロインのミランダを表しているのかな」。それから木管楽器の音が鳴ると「妖精のアリエルなんじゃないか」。
でも、それは後付けであって、まずは音楽ありきです。
結局、作曲家の偉大さや、その音楽作品における作曲家自身のファンタジーを演奏会でお客様の前に提示するために、私自身はシェイクスピアのその作品を読みはしますが、その結果として出てきたもの、お客様にお届けするものとして大事なのは音楽です。
松岡 指揮をなさるときに、バッティストーニさん自身は海とか風とかをイメージすることはないのですか?
ウィリアム・ハミルトン作
『プロスペローとアリエル』
(1797年、ベルリン美術館蔵)
バッティストーニ もちろん、自分の中の一部分はそれを感じています。音楽と、この元になったストーリーを何かの形で繋ぎ合わせるために。ただ私が指揮をしているときに最初に考えなければならないのはオーケストラのテクニカルなことも含めて音楽のことですから、音楽が第一の要素ではあるのです。でも、このように、ファンタジーがあって、豊かな中身がある音楽を指揮するときは、やはりその元になったストーリーを自分自身も知ることは根本的に必要なことだと思います。
もちろん、たとえば『テンペスト』を読まなくても何の問題もなく指揮はできるのですけれど、それを知っていたほうが、ずっとこの作品をより評価できる、この作品のシーンを知ることができるのではないかと私は思います。
11月定期演奏会
11月10日[金]19:00開演
サントリーホール
11月12日[日]15:00開演
Bunkamura オーチャードホール
11月16日[木]19:00開演
東京オペラシティ コンサートホール
指揮:アンドレア・バッティストーニ
(東京フィル 首席指揮者)
チェロ:佐藤晴真*
(2019年ARDミュンヘン国際音楽コンクール優勝)
チャイコフスキー/幻想曲『テンペスト』
チャイコフスキー/ロココの主題による変奏曲*
チャイコフスキー/幻想序曲『ハムレット』
チャイコフスキー/幻想序曲『ロメオとジュリエット』
(チャイコフスキー没後130年)
1回券料金
SS席 | S席 | A席 | B席 | C席 | |
---|---|---|---|---|---|
チケット料金 | ¥15,000 |
¥10,000 |
¥8,500 |
¥7,000 |
¥5,500 |
※( )…東京フィルフレンズ、WEB優先発売価格(SS席は対象外)
主催:公益財団法人 東京フィルハーモニー交響楽団
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術等総合支援事業(創造団体支援))| 独立行政法人日本芸術文化振興会(11/10公演)
後援:日本シェイクスピア協会
協力:Bunkamura(11/12公演)