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2023年12月26日(火)
進化する、マエストロ チョン・ミョンフンと東京フィルとの絆
オペラ演奏会形式『ファルスタッフ』公演
(2022年10月定期演奏会)にて
©上野隆文
マエストロ チョン・ミョンフンと、彼が2001年以来ポストを持ち、現在は名誉音楽監督の任にある東京フィルハーモニー交響楽団との絆の強さについては、改めて言うまでもない。ただし、その関係の在り方は少しずつ変化しているのではないだろうか。
マエストロは、2020年12月にインタビューした際、こう語っていた。
「東京フィルとは20年間、常にポジティブな関係を続けてきました。これはある意味奇跡的なことです。人との関係において最良の到達点は“信頼”だと思います。ただし、そこに至るまでには時間と段階を要します。まずはプロフェッショナルなレベル、そして次に“良い”プロフェッショナルなレベル、最後にパーソナルな関係です。私は今、東京フィルのメンバー一人ひとりに対して心から幸福を願い、愛情を感じています」
このような関係の変化に沿って、演奏自体も就任当初の“熱演”から「“良い”プロフェッショナルなレベル」すなわち“快演”へと移り、そして今や「信頼とパーソナルな関係」を反映した“熟演”と呼ぶべき領域に達しているように思われる。
2021年7月「ブラームス 交響曲の全て」でコロナ禍を経て
1年半ぶりに共演を果たしたマエストロと東京フィル
©K. Miura
それは、2021年7月&9月の「ブラームス交響曲全曲演奏」、2022年5月の「オール・フレンチ・プログラム」、10月のヴェルディ『ファルスタッフ』(オペラ演奏会形式)、2023年7月のヴェルディ『オテロ』(同)といった公演で、とりわけ顕著に示されていた。あらゆる音の動きに新たな命が吹き込まれた、雄弁にして生気に富んだ、それでいてナチュラルな呼吸で運ばれる音楽……熱演や快演というだけでなく、行間や味わいをも感じさせるその演奏は、関係を真に深めた当コンビ以外には成し得ない“熟演”だった。
もう1つ、共演が困難を極めたコロナ禍を経た彼らのコラボには、“共演できることの喜び”が溢れている。前記各公演のみならず全ての演奏がそうだ。これが生の共同作業であるコンサートに活力を与えるのは自明の理。ひいては両者が創造する音楽に特別な感興──それは互いの心からの信頼だけが成し得る集中力や一体感に溢れたものだ──をもたらしてもいる。
コロナ禍以降、チョン・ミョンフンは、東京フィルの定期演奏会に一時期よりも多く登場するようになり、2024シーズンには全8プログラムの定期演奏会の内3プログラムを指揮する。これ自体嬉しいことであり、唯一無二の“熟演”を味わえる各公演は、当然どれも聴き逃せない。
2024年2月、春の胎動を想起させる『田園』と『春の祭典』
2022年5月「オール・フレンチ・プログラム」公演にて
ⓒ上野隆文
さて2024年、その皮切りとなるのが2月の定期演奏会。ベートーヴェンの交響曲第6番『田園』とストラヴィンスキーのバレエ音楽『春の祭典』というプログラムだ。
ともに春の胎動を想起させる、2月の公演に相応しい演目であり、ロマン派の先駆けとなった交響曲と20世紀音楽の起爆剤となったバレエ曲が並んだ、古典と現代を繋ぐ架け橋のような意味を持つプログラムである。しかも両者の組み合わせを演奏会で聴く機会はあまりないので、まずはその生体験自体と続けて聴いた際の感触が興味深い。
また、チョン・ミョンフンと東京フィルのコンビは、過去に共演して好評を得た演目の再演を、近年の柱の1つとしている。『田園』は、聴く者を熱狂させた「ベートーヴェン交響曲全曲演奏会」の一環の2004年1月と、2016年9月の定期演奏会等、『春の祭典』は2004年4月の定期演奏会で披露された演目だ。つまり前者は8年ぶり、後者は20年ぶりの演奏となる。まさしく“熱演”が続いた2004年と“快演”時代ともいうべき2016年に取り上げられた『田園』が、“熟演”時代に入った今、しかも『春の祭典』との組み合わせでいかに表現されるのか? 実に楽しみだ。さらに『春の祭典』に至っては“熱演”時代以来、超久々の演奏。大きく深化した今の当コンビの表現に熱視線が注がれるのは論を待たない。
加えてこの間、東京フィルの機能性や重量感も大幅にアップしている。そこにチョン・ミョンフンの、変わらず緻密にして深みと円熟味を増したタクトが加わるのが今回の公演だ。のどかさ、幸福感、迫力など多様な表遠力が求められ、管楽器のソロの腕前も重要な『田園』と、複雑なフレーズやリズムへの対応力と原始的なパワーが要求される『春の祭典』ならば、現在の東京フィルの高い技量や幅広いダイナミズムが強固なベースとなって、以前とは異なるパフォーマンスを実現させるに違いないし、むろんそこも今回の注目点となる。
さらに重要な点がある。それは、マエストロもオーケストラもオペラ演奏の経験が豊富で、ドラマ性・物語性の表現に長けていること。一連の演奏会形式のオペラはもとより、最近は、ドビュッシーの交響詩やラヴェルのバレエ音楽、さらにはシューベルトやブルックナー、ブラームスの交響曲でも、そうしたドラマ性を湛えた起伏の豊かな音楽が展開されている。また『春の祭典』には、チョン・ミョンフンがフランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団を指揮した2007年のCD録音(ドイツ・グラモフォン)がある。そこには、激烈なダイナミズムだけでなく、この曲には珍しいほどしなやかな“歌”が内包されている。
暖かくも平和な“春”を待ち望む思い
マエストロと東京フィルとの演奏は進化・深化を続けている
(2021年9月定期演奏会『ブラームス 交響曲の全て』より)
©K. Miura
『田園』は、いわゆる“標題交響曲”の元祖的存在であり、田舎にいる人の心持ちや自然の情景、嵐が去った後の神への感謝の思いなどが表現された作品、そしてもちろん『春の祭典』は、異教徒の儀式を描いた迫真のバレエ音楽だ。それゆえ、ドラマ性・物語性や歌の表出にかけては日本随一ともいえる当コンビの特質が、他では聴けない音楽の創出を成就させるのではないか? この点への期待も大きい。
暖かくも平和な“春”を待ち望む思いは、今の世相においてよりいっそう強くなっていると言っていい。このプログラムにはむろんそうした意義もある。
“熟演”は、同時に“快演”であり、さらには“凄演”でもある。今回はまさに“熟演”にして“凄演”を予感させるプログラムだ。ここは、そうした稀代の“名演”を堪能しつつ、進化・深化を続けるコンビの“熟演”の先にも思いを馳せたい。
2023年1月定期演奏会カーテンコールより ©上野隆文
柴田克彦(しばた・かつひこ)/音楽マネージメント勤務を経て、フリーランスの音楽ライター、評論家、編集者となる。雑誌、公演プログラム、Web、宣伝媒体、CDブックレット等への寄稿、プログラム等の編集業務のほか、一般向けの講演や講座も行うなど、幅広く活動中。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)、「吹奏楽編曲されているクラシック名曲集」(音楽之友社)。
2月定期演奏会
2月22日[木]19:00開演
サントリーホール
2月25日[日]15:00開演
Bunkamura オーチャードホール
2月27日[火]19:00開演
東京オペラシティ コンサートホール
指揮:チョン・ミョンフン(名誉音楽監督)
ベートーヴェン/交響曲第6番『田園』
ストラヴィンスキー/バレエ音楽『春の祭典』
1回券料金
SS席 | S席 | A席 | B席 | C席 | |
---|---|---|---|---|---|
チケット料金 | ¥15,000 |
¥10,000 |
¥8,500 |
¥7,000 |
¥5,500 |
※( )…東京フィルフレンズ、WEB優先発売価格(SS席は対象外)
主催:公益財団法人 東京フィルハーモニー交響楽団
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術等総合支援事業(創造団体支援))| 独立行政法人日本芸術文化振興会(2/22公演)
協力:Bunkamura(2/25公演)