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2024年2月26日(月)
©K. Miura
メシアンの『トゥランガリーラ交響曲』が演奏される。それは今もって、ひとつの事件である。「20世紀を代表する傑作」、「現代音楽の最高峰」―売らんかなの美辞麗句を並べることは簡単だ。けれども、どんなに言葉を尽くしても、この交響曲の実際の体験が与えてくれる圧倒的な力を伝えるには及ばない。
これが交響曲だって? クラシック・ファンのなかには、眉をひそめるひともあるかもしれない。まず構成からして普通ではない。交響曲たるもの、4つの楽章からなってしかるべきであるのに、『トゥランガリーラ交響曲』は、その 2.5倍、10の楽章からなるというではないか。編成については何をか言わんである。弦楽器も管楽器も打楽器も、舞台上に溢れんばかりに配置され、ピアノ協奏曲でもないのにピアノが中央を陣取り、さらにその近くには、なにやらスピーカーが置かれているではないか。実際、まったく交響曲らしくないのである。
“愛”の交響曲、トゥランガリーラ
メシアンの監修のもと録音された
『トゥランガリーラ交響曲』
(ピアノ:イヴォンヌ・ロリオ、
オンド・マルトノ:ジャンヌ・ロリオ、
パリ・バスティーユ管(1990年10月録音))
ちょっと面倒くさい説明をしておくと、メシアンの『トゥランガリーラ交響曲』は、ベルリオーズの『幻想交響曲』や劇的交響曲『ロメオとジュリエット』の進化系であって、その意味では、たしかに交響曲としての要件を備えているわだが、その種の説明は演奏会当日の解説に委ねることにしたい。いまは(メシアンにならって)次のように言うに留めておこう。偉大な創造精神は、課されたジャンルの枠を超えて、広がりゆくのではないか。
その意味で『トゥランガリーラ交響曲』は、常識に照らせば、訳の分からないものかもしれないが、この「トゥランガリーラ」とは、そもそも、訳の分からないものを呼び出すための呪文の言葉であった。いやいや、とまたしても疑義があがるのも分かる。メシアンの自作解説には、これがサンスクリット語であること、また、「トゥランガ」が「時」を、「リーラ」が「遊戯」を意味すると書いてあるのだから。ゆえに「トゥランガリーラ」とは、総合すれば「時間遊戯」であって、なるほどそれは、この交響曲の体験の一端を言い当ててもいる。ここでは、時間が渦を巻き、前進したかと思うと逆流し、四方に広がる感じがするのだから。しかし、この説明は確実に「後づけ」であった。なんとなれば、メシアンがサンスクリット語の意味に通じるようになったのは、『トゥランガリーラ交響曲』の作曲後、何年も経ってからだったのだから。メシアンは別のところでは、もっと率直にこう語っている。「わたしは、その響きゆえに、この言葉を選んだ」。
つまるところ、「トゥランガリーラ」とは、漫画の吹き出しを埋める「○△&☆#・・・」と同じく、言葉にはならない言葉であり、言えないことを言おうとするもがきなのである。もし「トゥランガリーラ」に一番近い言葉を探すなら、それは「愛」だと答える他はない。人間を狂わせる愛、生存本能からすればありえない自己犠牲に人間を走らせる愛、その「訳の分からなさ」こそ「トゥランガリーラ」であり、『トゥランガリーラ交響曲』とは、(そのいくつかの楽章が実際にそう名づけられているように)、その意味での「愛の歌」なのである。
メシアンの精神を具現化するマエストロ、チョン・ミョンフン
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(2021年9月定期演奏会『ブラームス 交響曲の全て』より)
©K. Miura
今回の演奏会で指揮をするのは、東京フィルの名誉音楽監督であるチョン・ミョンフン。彼は、パリに民衆の劇場「オペラ・バスティーユ」が新しく建った 1990年、この劇場の管弦楽団トップとして『トゥランガリーラ交響曲』を最初の演奏会で演奏してもいる。(もう15年前になるけれども)彼が著者のインタビューに答えて、その理由を次のように語ってくれたことを思い出す。「音楽をやっていくうえで私がもっとも大切に思っているのは、たぶん『精神性』という言葉でしか表現できない何ものかなのです。私がバスティーユのこけら落としコンサートにメシアンの作品を選んだのも、メシアンの精神性が新設されたオペラ劇場に息づき、メシアンの精神性がこれからはじまる新たな冒険を助けてくれるようにと願ったからなのです」。なんと美しい言葉だろうか。「『精神性』という言葉でしか表現できない何ものか」、これこそ「トゥランガリーラ」であり、「愛」であり、メシアンの音楽を貫いて流れている力でなくてなんであろう。
当時、最晩年にあったメシアンが、このときのチョン・ミョンフンの『トゥランガリーラ交響曲』を聴いて、心から感動したというのもよく分かる。そのとき『トゥランガリーラ交響曲』の改訂版の出版を準備中であったメシアンは、この演奏(とその後の録音)を次のように評している。「〔チョン・ミョンフンの指揮で〕実現された『トゥランガリーラ交響曲』の壮麗なヴァージョンは、〔わたしが楽譜に加えた〕これらの修正を考慮にいれ、私の全要求に答えている。これこそ良いテンポ、良いダイナミクス、真の感情そして真の喜びである」。
東京フィル、第1000回定期演奏会
東京フィルの記念すべき1000回目の定期演奏会に、メシアンの『トゥランガリーラ交響曲』が、他ならぬチョン・ミョンフンの指揮で演奏されるのは、決して、偶然ではなかろう。メシアンの精神性は、メシアンのトゥランガリーラ、メシアンの愛は、東京フィルの「これからはじまる新しい冒険」を、きっと助けてくれる。『トゥランガリーラ交響曲』が演奏される、それは今もって、ひとつの事件である。今回、それに立ち会うひとは、まさしく文化史的事件の目撃者となるに違いない。
2007年1月の東京フィル定期『トゥランガリーラ交響曲』より
藤田 茂(ふじた・しげる)/フランス政府給費留学生としてパリ第4大学(ソルボンヌ)に学んだあと、東京芸術大学で博士号を取得。現在、東京音楽大学教授。専門は、近現代のフランス語圏の音楽理論と音楽文化史。メシアン、デュティユー、ブーレーズ等の論考多数。訳書としては、ヒル&シメオネ『伝記オリヴィエ・メシアン』(音楽之友社)。
6月定期演奏会
6月23日[日]15:00開演
Bunkamura オーチャードホール
6月24日[月]19:00開演
サントリーホール
6月26日[水]19:00開演
東京オペラシティ コンサートホール
指揮:チョン・ミョンフン
(東京フィル 名誉音楽監督)
ピアノ:務川慧悟
オンド・マルトノ:原田 節
メシアン/トゥランガリーラ交響曲
公演時間:約80分(休憩なし)
本公演「メシアン:トゥランガリーラ交響曲」は休憩がございません。
また、全10楽章(約80分)を続けて演奏いたしますので、開演後にご到着されたお客様、一度ご退席されたお客様は客席内にお入りいただくことができないため、ホワイエのモニターでのご鑑賞となります。
お時間に余裕を持ってご来場くださいますようお願い申し上げます。
1回券料金
SS席 | S席 | A席 | B席 | C席 | |
---|---|---|---|---|---|
チケット料金 | ¥15,000 |
¥10,000 |
¥8,500 |
¥7,000 |
¥5,500 |
※( )…東京フィルフレンズ、WEB優先発売価格(SS席は対象外)
主催:公益財団法人 東京フィルハーモニー交響楽団
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術等総合支援事業(公演創造活動))| 独立行政法人日本芸術文化振興会
協力:Bunkamura(6/23公演)
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ