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2024年9月13日(金)
――マエストロチョン・ミョンフンとのオペラ演奏会形式ヴェルディ『マクベス』のリハーサルが進んでいます。シェイクスピアとヴェルディによる3作の完結となります
今回の『マクベス』は、ヴェルディが得意とする人間の心理劇です。マエストロ チョンによる演出も含めて、今私たちが取り組んでいるのはただの演奏会形式ではなく「オペラ演奏会形式」という、歌手が譜面を見ずにマエストロの演出が加わっているものです。音楽的なことと、演出のことが本当にぴったりと同じ方向性で作ることができています。現代のオペラ上演で起こっている色々な問題の一つに「演出と演奏の乖離」があると思うのですが、その中にあって音楽と演出が同じ方向性で作ることができるということは大きな特徴です。
ヴェルディが活躍した19世紀はオペラがグランドオペラという形式になったりして、非常に肥大化していく時代です。社会そのものが拡大路線で絢爛豪華になっていき、とにかく消費文化の象徴みたいになっていた。今はその時代とはちょっと違うことになって、人間が19世紀~20世紀前半に目指していた「自然を破壊して人間の社会を拡大していく」という方向への反省が、今の21世紀には我々全人類が抱える問題になっている。そのようなところで、このオペラ演奏会形式というのは、オペラシーンにとって新しい方向性を示すようなことになると思います。
つまり従来の演奏会形式とはやっぱり違うということを強調しておきたいです。オペラの魅力を損なうことなく、ヴェルディが求めていたその人間の本性を暴いていくようなありかたが――それは『アイーダ』以降いっそう深くなっていくわけですが――それが実現できるのではないかと。
2022年10月定期演奏会『ファルスタッフ』 Ⓒ上野隆文
2023年7月定期演奏会『オテロ』 Ⓒ上野隆文
そういう意味で今回の『マクベス』は、私たちが取り組んできた、シェイクスピアとヴェルディの作品でオペラ演奏会形式を構築してきた、その集大成という意味があるのではないかと思います。『マクベス』は『ファルスタッフ』や『オテロ』に比べて、演出が緻密に必要な作品であると思います。なぜかというと、人間の闇の部分にすごくスポットが当たっている。そこがヴェルディの持っている性質の一つだと思いますが、この作品は特に、いわゆる明るいシーンがほぼないのですよね。明るく聞こえる音楽はあるけれど魔女のシーンであったり、限定的です。
マエストロは“闇”を描くとき、闇の黒い色の種類にも非常にいろいろある、それがとても必要と仰って、今回は照明にも非常にこだわっていらっしゃいます。演奏としても非常に難しいことではあって、私たちオーケストラにとってもその音色を作ることは挑戦です。
――『マクベス』の登場人物について
個々の登場人物というよりは、単純にその個人のキャラクターだけに焦点が当たっている作品ではありませんね。社会情勢含め、深く読んでいったら色々な要素が立ち上がってきます。権力にかかわる争いというのは、あらゆる社会、あらゆる時代で起こりうることで、それが非常に複雑なのですが、『マクベス』はそういう意味で非常にクリティカルにその焦点を当てているように思います。
これはまたワーグナーとヴェルディの違いでもあると思います。ワーグナーは要素を非常に盛り込んでいって、その複雑性みたいなものを出していくのですが、ヴェルディの場合はその複雑な人間の本性とは何だろう、ということを探っていくようなところがある。結果的にそれが『ファルスタッフ』にも繋がっていくと思うのですが、一見複雑な社会というものは、実はこういうことで、こういう関係性で複雑化していってしまう、という、その根っこを探って見抜いていくようなところがあると思うのです。これもワーグナーとの違いかもしれません。難しいですが、それでもそれをしようとしてヴェルディは成し遂げた人だと思います。
――今回の『マクベス』の特徴をお聞かせください
今回の作品でちょっと特殊なのが、魔女や雷などの超自然的な存在があげられます。そういうものは五感を超えたところで見ますよね。ただのおとぎ話なのか、それともそういう何かを暗示しているものがあるのか。
今回の「魔女の合唱」は、18人の女性がいて、素晴らしい女声合唱です。ちょっと怖い魔女のシーンと、途中で妖精みたいになったりして、ストーリーの中でキャラクターが変わっていく。そこにもとても特徴があるかもしれません。
人間は人間中心にものを考えてしまいます。心変わりするとか、そういうことは自分の経験としてももちろんありますし、そういうものだろうと思っているかもしれませんが、逆に自然というのはそんなに変わらない。むしろ人間が壊してしまうことで変わっていくようなものかもしれない。逆に『マクベス』の中に出てくる超自然的な、普遍のように見えるもの、人間を超えた存在が変化していくということは、どういうことなのか――マクベスたち人間が変わっていくことで、超自然的なものの見え方が変わっていっているのかもしれないですね。
――「オペラ演奏会形式」の音楽作りについて
通常のオペラ上演は、ステージ上の歌手とオーケストラピットのオーケストラに別れるのですが、オペラ演奏会形式は皆同じステージ上で演奏します。
オーケストラの人間として言っておきたいのですが、これはアンサンブルが非常に難しいのです。オペラのピットで演奏しているときは、舞台の上からちゃんと声が聞こえてくるのでそれに合わせられるのですが、今回は歌手の声が聴こえない。本当に目の前にいる歌手の皆さんのテンションを見て、今日はテンポがこうなるんじゃないかと予測して演奏する、はっきり言って“神業”をやっています。
もちろんマエストロの指揮はあるのですが、歌手の細かいところはやっぱり感じ取ってやらなくてはならないし、さらに本来だったらステージの上で歌っていた歌手の方々も、今回はオーケストラに乗って歌わなくてはいけない。歌手の方々にとっても、自由にやっているわけにはいかないということがあります。
通常のオペラ上演というのは、舞台上とそれ以外で主と従が決まってくるところがあるのですが、それが全て渾然一体になる、そうすることで、その関係性で音楽もできていく。新しいスタイルのオペラのやり方があるんじゃないかと感じます。オーケストラが歌手や演出についていく、ではなく、一緒に作り上げていく、その責務がそのステージ上に乗っている全員に課せられる。そうすることで、一元主義というか、正義と悪の対立みたいな、簡単な正しい/間違っているということではない関係から脱することができるのかなと。
たぶん『マクベス』というお話自体が、最後の「勝利」というのは片方の勝利なだけで、視点を変えたらそうではないし、まして魔女たちにとってはどうでもいい話。視点を変えたらそこには別の正義があるというお話ですよね。
――『マクベス』が描く権力の悲劇について
権力にかかわることが個人の仕業なのか、社会の仕業なのか、人間の欲望なのか。欲望がないと人間は生きていけません。人間の人間たるものが矛盾であり、今回は戦争の話も出てきますが、「戦争をしない」というのが人間としてあり得るのかという問いも浮かびます。
動物は食べるためとか、本能的な欲求で争いますが、人間は平和も求める。その矛盾も含めて、色々なことが『マクベス』の中にはもしかしたらあるかもしれません。
最後は(マクダフ側の)勝利の合唱で終わりますけれど、それは一方の正義であるに過ぎない。本当にマクベス夫妻だけをフォーカスすると、そこはただただ二人の愛情しかないかもしれない。観る人が色々な視点で見ればいいし、これはオペラ演奏会形式だとさらにそれが際立つのではないでしょうか。
ヴェルディは戦争の話をよく書きます。それを引き起こす人間の社会も含め。社会を作っている一人一人の人間に欲望はあって、その欲望がないと人間は人間として生きていけないわけです。その権力欲にマクベス夫妻の愛情関係が関わってくるのは、本物の悲劇だと思います。
9月定期演奏会
9月15日[日]15:00開演
Bunkamura オーチャードホール
9月17日[火]19:00開演
サントリーホール
9月19日[木]19:00開演
東京オペラシティ コンサートホール
指揮:チョン・ミョンフン(名誉音楽監督)
マクベス:セバスティアン・カターナ
マクベス夫人:ヴィットリア・イェオ
バンクォー:アルベルト・ペーゼンドルファー(※)
マクダフ:ステファノ・セッコ
マルコム:小原啓楼
侍女:但馬由香
医者:伊藤貴之
マクベスの従者、刺客、伝令:市川宥一郎
第一の幻影:山本竜介
第二の幻影:北原瑠美
第三の幻影:吉田桃子
合唱:新国立劇場合唱団(合唱指揮:冨平恭平)
※当初の予定から変更となりました。
ヴェルディ/歌劇『マクベス』
全4幕・日本語字幕付き原語(イタリア語)上演
原作:ウィリアム・シェイクスピア『マクベス』
台本:フランチェスコ・ピアーヴェ
公演時間:約2時間45分(休憩含む)
1回券料金
SS席 | S席 | A席 | B席 | C席 | |
---|---|---|---|---|---|
チケット料金 | ¥15,000 |
¥10,000 |
¥8,500 |
¥7,000 |
¥5,500 |
※( )…東京フィルフレンズ、WEB優先発売価格(SS席は対象外)
主催:公益財団法人 東京フィルハーモニー交響楽団
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術等総合支援事業(公演創造活動))| 独立行政法人日本芸術文化振興会
公益財団法人 三菱UFJ信託芸術文化財団(9/17公演)
後援:NPO法人日本ヴェルディ協会、日本シェイクスピア協会
協力:Bunkamura(9/15公演)