インフォメーション
2024年3月29日(金)
インタビューは2024年2月に原田さんのご自宅で行われました
―オンド・マルトノの仕組みについて教えてください
引き出し型になっている左手の操作盤。
右側にある白い四角のペダル(トゥッシュ)
の上下で音を出す
演奏者は、手元にあるリングを右手の指に装着して左右に動かしたり左右に張られたリボンを揺らしてヴィブラートをかけたりして音程を作り、左手の操作盤にあるトゥッシュと呼ばれるボタンを上下させて電流を流して音を出します。鍵盤がありますが、実は当初はこの鍵盤はダミーで、音程を取るためのガイドとして鍵盤を置いていただけだったのが「鍵盤があるなら音も出せるようにしたら」という考えがあって後からつけられたものです。非常に独特な構造をしており、右手を上下左右360度で動かすことによって鍵盤でも演奏家次第の個性的なヴィブラートをかけることができます。
楽器メーカーの人に計測してもらったのですが、いわゆる電子楽器やピアノの鍵盤のセンサーは128段階くらいなのですが、オンド・マルトノは少なくとも5000~10000段階くらいの精度があるそうです。
本体。左手の操作盤で音を出し、右手の人差し指にはめたリングで左右に渡されたリボンを動かして音程を変える。操作盤は引き出しになっており、コンパクトに折りたたんで運ぶことができる。「フランス的な合理主義と、従軍通信兵だったマルトノのノウハウが生きている」と原田さん
こちらはスピーカーです。背の高いスピーカーには弦が張ってあります。1947年にアンドレ・ジョリヴェのオンド・マルトノ協奏曲をウィーンで初演した時に初めて登場しました。六角形のほうは1930年代からあったものです。“メタリック”と呼んでいるのですが、銅鑼が中に入っていて、金属的な、打楽器の人がピシャーンと叩いたときのような音がします。
つまり電気ではなく、アコースティックの音なんです。電気の力で銅鑼を叩いているという仕組みです。こちらの弦の方は、電気の振動で弦を振動させて音を出させています。つまり弦楽器のアコースティックの音です。ここで電子音にアコースティックな音を混ぜることによって一体マルトノが何をしたかったのかというのが、オンド・マルトノという楽器の個性としてあるわけです。
実は私自身、最初は『電子楽器ならばいかようにもなるんじゃないの』と思ってこの道に飛び込んだんです。でも、やってみたら、先生のちょっとした手首の動かしかた、姿勢、そういうものをじーっと見ていないとわからない。奥が非常に深いのです。
左:シュロの葉を型どった「パルム」と呼ばれるスピーカー。表と裏にそれぞれ12本、12平均率に調弦された弦が張ってある。弦を本体からの電気振動で震わせ、ボディでも共鳴させる / 右:前面に銅鑼が吊るされた「メタリック」と呼ばれるスピーカー。本体からの電気振動で銅鑼を震わせ、金属的な残響を生み出す
―通常ある電子楽器では再現できない音なのですね。ぱっと見たときに鍵盤があるので、鍵盤楽器で和音が出るのかなと思ってしまったのですが、単音の旋律楽器なのですか
原田節氏所有のオンド・マルトノ。
鍵盤の上には「MARTENOT」のパネルが
1970年代以降になって、電気的な技術を使って和音を出すこと自体はわりと簡単にできるようになったときに、マルトノがそれをオンド・マルトノに組み入れることは拒否したそうです。オンド・マルトノにとって必要なのはメロディを一音一音紡いで音程を作っていく旋律楽器としての役割だ、和音を弾く楽器ではないと。ただ、今の技術で、鍵盤で和音が出てもいいんじゃない?ということで、出せるようにしている人もいるようです。
―リボンの材質は何ですか?
現在は釣り糸です。でもなかなか使っている品が見当たらなくて。フランスのオンド・マルトノの工場の近くで売っているものだと思うのですが、日本の釣具店に行っても無い。
―足元のペダルは何でしょう?
皮袋の中にカーボンの粉が入っています。左手のトゥッシュにも同様の皮袋が内蔵されています。推す強さによって圧縮度が変化して流れる電流が変化し、音量はもちろん、弦楽器の弓の役割のように、様々な音楽的表情を織りなすことができます。足で操作するときは細かい操作ができないので、左手と足の組み合わせでコントロールします。湿気や反復的な衝撃で固まってきてしまうのですが、そうすると電気が通りっぱなしになってしまうので、定期的に交換しないといけないのです。
左手の皮袋は指先で演奏されるのでより繊細で細やかなコントールが可能です。ペダルの皮袋は足で踏むことに耐えるように耐久性が優先されています。
―足元右側のペダルはどういうものですか?
高音の倍音をカットしたり、音量を抑えたり。クレッシェンド、デクレッシェンドするために使います。普通はそんなに使わないですよ。奏者によって左に置いたり使わなかったりもします。
―人によって奏法が全然違うのですね。
そんなにこだわってどうするの、と言われますが、楽器の個体によっても、奏者によっても違います。
―マルトノが作りたかった音とは?
左はオンド・マルトノの本。カナダの奏者ジャン・ロランドー
(Jean Laurendeau)がマルトノが亡くなる直前までたくさんの
インタビューをしており、それらと資料をまとめたもの。
右はマルトノによる「リラクゼーション」の教科書(原田氏所蔵)。
マルトノが作りたかった音は何か?ということになると、リラクゼーションというキーワードが出てきます。音楽はもともと色々な意味でリラクゼーション効果がありますね。聴く人はもちろん、演奏する人にとっても。マルトノは楽器を作って自分の楽器の音そのものが人々の心身を癒す力を持ったらいいな、という発想を持っていた。当時からすでにリラクゼーションの学校も作っているのです。たとえば、この銅鑼が入っているスピーカーからは、こういう音(ほよ~~ん)が出ます。何の曲ということではなく、ただ音を出していると、この銅鑼からは物凄く豊かな倍音(ぼよ~~~~ん)(いぃ~~~~~~~~~~ん)が出ます。電気的にではなく、銅鑼の振動から自然な倍音が沢山出ていて、現代風に言うと「癒し効果」があるということを100年前からやっていた。
20世紀のフランスの現代音楽というのは、なかなかどうして攻撃的な作品が多く、このオンド・マルトノのために書かれている作品も同様です。私自身も尖っていたのかもしれませんが、若いころはよく“お客さんに向けて機関銃を撃つ”みたいな作品を取り上げてきました。ですが、お客様の反応は「いやあ、気持ち良くて」というようなものなのです。どういうことなのだろう? と思っていたのですが、そういう経験を積み重ねてきて、そのような効果があるのではと思い当たりました。それで実は一度調べてもらったことがあります。すると、この楽器の音色を聴いていると、ものすごくアルファ波(リラックスした状態の脳から出る脳波)が出ているようなんですね。
―オンド・マルトノは繊細な楽器に見えますが、演奏者の身体的な負担はどうなのでしょうか?
他の奏者のことはわかりませんが、この楽器を演奏していると身体のバランスがとれてしまうみたい。オンド・マルトノ奏者は長命の方が多いのです。いい音を美しく演奏したいと思ってやると身体の調子が良くなる。自分が演奏している姿を映像で見ると猫背でどうしようもないな、という感じなのですが、今のところ特別に身体を鍛えるといったことはないです。「整う」という感じでしょうか。
―マルトノさんは聴いている人を癒したいというお話でしたが、奏者のことも癒しているのですね。
ソロはまた別の感覚ですが、オーケストラでは他の人のエネルギーが加わってくるからたとえようのない快感がありますね。オーケストラだと近くに座っている人から「なんか“持ってかれちゃう”んだけど」と言われることがあります。
6月定期演奏会
6月23日[日]15:00開演
Bunkamura オーチャードホール
6月24日[月]19:00開演
サントリーホール
6月26日[水]19:00開演
東京オペラシティ コンサートホール
指揮:チョン・ミョンフン
(東京フィル 名誉音楽監督)
ピアノ:務川慧悟
オンド・マルトノ:原田 節
メシアン/トゥランガリーラ交響曲
公演時間:約80分(休憩なし)
本公演「メシアン:トゥランガリーラ交響曲」は休憩がございません。
また、全10楽章(約80分)を続けて演奏いたしますので、開演後にご到着されたお客様、一度ご退席されたお客様は客席内にお入りいただくことができないため、ホワイエのモニターでのご鑑賞となります。
お時間に余裕を持ってご来場くださいますようお願い申し上げます。
1回券料金
SS席 | S席 | A席 | B席 | C席 | |
---|---|---|---|---|---|
チケット料金 | ¥15,000 |
¥10,000 |
¥8,500 |
¥7,000 |
¥5,500 |
※( )…東京フィルフレンズ、WEB優先発売価格(SS席は対象外)
主催:公益財団法人 東京フィルハーモニー交響楽団
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術等総合支援事業(公演創造活動))| 独立行政法人日本芸術文化振興会
協力:Bunkamura(6/23公演)
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ