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2023年1月24日(火)
――ブルックナー交響曲第7番の思い出
コンサートマスター 三浦章宏 ©上野隆文
個人的な昔話となりますが、私は大学卒業後、東京フィルに入団する前に在籍したオーケストラではブルックナーを演奏する機会が多かったです。ただ当時20代の頃はマーラーやリヒャルト・シュトラウスなど豪華で刺激的な曲が好きで、それと比べるとブルックナーの音楽の魅力はいまいち理解できないでいました。
その後、東京フィルに入団してからはブルックナーを演奏する機会は減りました。私がマエストロ チョン・ミョンフンとブルックナーの交響曲を演奏したのは、2002年9月定期演奏会のみ。今回と同じ交響曲第7番でした。私は当時のコンサートマスター荒井英治さんの隣で演奏していて、そのときにマエストロが「ブルックナーは素晴らしい曲だというのは分かるけれども、指揮をするのには自分はまだ若すぎる」とおっしゃっていたことが印象的で、今でも覚えています。2002年の頃から既にマエストロは素晴らしくて魅了されていましたが、私はマエストロより10歳ほど年下で、「マエストロがそうおっしゃるのなら、私にはブルックナーはまだまだ早いのだ」と思っていました。
今回20年ぶりにマエストロのもとでブルックナーに再会し、初めてブルックナーの音楽に共感することができました。マエストロが今回の1月定期演奏会にブルックナーの交響曲第7番を選んだことにはとても意味があると思っています。年月を経た今、表面的なところではなくて、ブルックナーの音楽からくみ取れる深い人間的な部分にマエストロは共感していると、初日のリハーサルを終えて感じました。
――ブルックナーを理解するためのアプローチ
初日リハーサルでのマエストロ
初日リハーサルでマエストロは「この作曲家は〈本当はどういう人〉で、〈何を考えているのか〉、ということをいつも考えている」とおっしゃっていました。今日のマエストロのブルックナーに迫るアプローチは、2つあって、1つはブルックナーが敬虔なカトリック信者であったということ。彼の信仰心の表れとしては、例えば第4楽章の平明なメロディが幾重にも折り重なって続いていくところに「巡礼の旅」のイメージをマエストロは見出していました。
もう一つはブルックナーが天才的なオルガン奏者であったこと。オルガンを演奏するときに即興でハーモニーの展開を弾いていくという若いころの経験が、後の彼の作曲法に繋がっているとお話してくださいました。ブルックナーは作曲家としては遅く勉強を始めて、特にバッハやベートーヴェンを研究し、熱心な勉強家であり努力家でもあったそうです。また、私生活の面でいうと大酒飲みだったり、一度も結婚はしていないけれど、惚れっぽくて女性のことをすぐ好きになって、告白して振られていたり……そういうエピソードを知ると、ブルックナーに親しみが湧きますよね。ブルックナーのまた違う側面を明日以降のリハーサルでマエストロは引き出してくれるのではないかと思います。
――コンサートマスターとして東京フィルを見続けてきて思うこと
オーケストラとしての力は飛躍的に向上していますし、東京フィルが成長しているのは間違いないと思います。これからも、ひとりひとりが出す響きを大事に、若い演奏者も委縮せずにのびのびと演奏して欲しい、みんなで音楽を作り上げるということがオーケストラの素晴らしさだからです。
アンサンブルが完璧に合っている状態が最高だと思われがちですが、私はそういう機能性より「響き」を重要視してきました。アンサンブルが合うことはもちろん大事なことなのですが、ちょっとでも音がずれるのを恐れるのではなくて、奏者ひとりひとりから美しい響きを引き出すということをコンサートマスターとして一番大事にしています。人の心に迫る演奏をするためには、曲の核心に触れるような音を出さなくてはいけません。奏者ひとりひとりが、そう思って演奏して欲しい。言葉で直接伝えたことはありませんが、ずっとそういうスタンスで自分も率先して演奏しています。伝統という側面でいえば、東京フィルは継続的にオペラを演奏しているということが最大の強みですね。
マエストロがリハーサルの最初におっしゃっていた「”もっといい音”をいつも探している」という姿勢はいち音楽家としてかくあるべきだと思いました。演奏に「これが達成できたら終わり」という終点はなくて、オーケストラのメンバーひとりひとりが「美しい音」を求めていくことが、巡り巡ってオーケストラ全体の為になると信じています。様々な楽器が集まり大人数で演奏するオーケストラの音楽においては、素晴らしいハーモニーを生み出すために、個々の奏者のあくなき探求心が必要になるのです。ただ「美しい」だけではだめで、その音に説得力を持たせうる響きが「美しい」。そういう美しさを追い続けてほしいです。
――1月定期演奏会への期待感
昨年2022年10月定期演奏会の『ファルスタッフ』に、私は出演していませんでしたので客席で演奏を聴き、オーケストラとしての響きがますます美しいものに磨かれてきていると感じました。マエストロが東京フィルを20年以上ずっと指揮し続けてくださっていることは、着実にオーケストラの力になっていると思います。
今回の定期演奏会で演奏する2曲の音楽には「歌」があるのが特徴的で、そこがマエストロの音楽性と強く響き合っています。オーケストラを機能的に鳴らすというよりは、「歌」で鳴らしていく。手の込んだメロディではないけれども、グッと人の心をつかむような、マーラーやリヒャルト・シュトラウスとは異なる素朴な旋律の美しさがあります。その「歌」の美しさを、言葉で表現するのは難しいけれども、マエストロは指揮で見せてくれます。マエストロのもとで演奏すると、若い時は気づけなかった曲の美学に触れられるのです。いまのマエストロと東京フィルなら、20年前よりももっとブルックナーに共感を持った説得力ある演奏ができるのでなはいかと期待しています。お客様に曲の魅力をより分かってもらえるような演奏ができればと思っています。
Ⓒ三浦興一
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1月定期演奏会
1月26日[木]19:00開演
東京オペラシティ コンサートホール
1月27日[金]19:00開演
サントリーホール
1月29日[日]15:00開演
Bunkamura オーチャードホール
指揮:チョン・ミョンフン
(東京フィル 名誉音楽監督)
シューベルト/交響曲第7番『未完成』
ブルックナー/交響曲第7番(ノヴァーク版)
主催:公益財団法人 東京フィルハーモニー交響楽団
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術創造活動活性化事業)| 独立行政法人日本芸術文化振興会
協力:Bunkamura(1/29公演)