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2021年9月3日(金)
――ブラームス交響曲第3番を語る
ヴィオラ首席奏者 須藤三千代 Ⓒ上野隆文
「第3番は全体的にシンコペーションがすごく多いですよね。シンコペーションによって明るそうな曲の中の悲しい葛藤、クララへの苦悩みたいなものが出ているのかなという気がします。
ブラームスの第3番のことを考えていてふと思い付いたのですが、シューマンの交響曲第3番『ライン』の冒頭にすごく似ていると思うのです【譜例1】。『ライン』の『ミ♭ーシ♭シ♭ソソードーシ♭ラシ♭ー』の旋律は、第3番冒頭の『ファードラソファード』と音型が似ていませんか?同じ『第3番』ですし、ブラームスは常にクララのことを意識して書いていたので、偶然には思えないなと。メロディラインだけではなくて、拍をずらすスタイルも似ています。
【譜例1】
シューマン/交響曲第3番『ライン』冒頭
【譜例2】
ブラームス/交響曲第3番冒頭
第3番は冒頭のヴィオラの『タターターター』というシンコペーションのリズムが非常にエモーショナルで好きです【譜例2】。ここが普通の刻みだと面白くなくて、モーツァルトの交響曲第25番冒頭の『タタータータータ』の情熱的な感じと似ています。単純な伴奏音形のようではありますが、ヴィオラが下からふつふつと湧き上がってくる感情を表しているように思えて、ここのリズム感はヴィオラ奏者としてたまりません。
ブラームスは合唱曲を多く作曲していたからか、オーケストラ曲でも合唱の響きのようなものを感じるときがあります。第2楽章は特に合唱曲のような響きが聞こえてきて好きです。4小節目のヴィオラ以下の弦楽器は男声合唱みたいで、この断片的な旋律が続いていって、やっとメロディらしきものを22小節目で一瞬ヴィオラが演奏します。地味でなんでもないところですが、ふっと芽が出てくるようなここが好きです。第2楽章終わりの方108小節目の3連符の動きも好きです【譜例4】。110小節目からは3連符のうねりがオクターブになって、ヴィオラパートが一塊となったうねりがヴァイオリンの旋律以上に物語っていると感じます。
第3楽章は伴奏がはまると本当に気持ちがいいです。『伴奏』という単純なことばでは言い表せないほど、チェロのメロディ以上に物語っていて、そういうものにすごく快感を覚えます。
【譜例3】
【譜例4】
第3番は全体的に明るい雰囲気が感じ取れますね。これはブラームスがイタリアによく旅行に行っていたことが影響しているのかもしれません。私はブラームスの生誕地であるハンブルクに留学していたのですが、ハンブルクはドイツの最北端に近いところに位置していて、天気が悪いです。冬は朝8時でもまだ暗く、16時には暗くなってしまいます。ブラームスはあまりハンブルクでは見られない明るい太陽の光をイタリアで浴びて帰ってきたのかなと思いました。ブラームスは貧乏で売春婦がたくさんいるような劣悪な環境で暮らしていたそうです。
しかし全体を通してみると、やはりドイツ人特有の森の感覚から抜け出せられない感じがします。当時対立していたワーグナーも、ウェーバーの音楽も森の中から出てくるロマン、森の神秘性がすごくあるように聞こえます。ベートーヴェンはせいぜいライン川しか見たことなく、海を見たことはなかったのではないでしょうか
」。
――ブラームス交響曲第4番を語る
「第4番は宗教画を彷彿とさせるような内省的な感じが大好きです。ベートーヴェンを超えなくてはいけないというプレッシャーのもとずっと勉強して、ブラームスは『古典』に活路を見出したのではないかと思います。バッハや、もっと遡ったドイツのルネッサンス時代の音楽をたくさん勉強して、ベートーヴェンよりもはるか昔の時代に戻ることによって超えるということを彼はチョイスしたのではと思います。時代の革新にいくのではなく古いところに立ち戻って、より自分の内省を深めていったという感じが第4番ではすごくします。
第2楽章の最初の弦楽器のピツィカートは吟遊詩人が歌っているような感じが好きです。リュートをかき鳴らし、昔のことを思い出しながら歌う吟遊詩人のイメージが浮かんできます。
41小節目【C】からはチェロのメロディの対旋律をヴィオラは弾いていますが、対旋律だけれどもメロディ以上の情感に溢れていると思います【譜例5】。64小節目の【D】はdivisi(パート内で複数に分かれて演奏すること)でヴィオラだけでメロディを弾くおいしいところです。88小節目からは弦楽器の聞かせどころで、轟轟と大合唱のように響く場面です【譜例6】。ここは【C】ではシンプルにクララへの感情を心の中で歌っていたのが、抑えきれなくなり爆発して来たという感じがします。クララとの手紙をブラームスは三度くらい処分していますよね。人の眼にさらすのが恥ずかしいプライベートな手紙にしたためたような熱い想いをブラームスが吐露しているような印象を覚えます。
【譜例5】
【譜例6】
第3楽章のトライアングルは天使が舞っている姿が見えるようです。よく宗教画の上の方で天使が音楽を奏でていますよね。トライアングルの『ちりちりちり』という音はそういうイメージなのかなと。唐突に思える第4楽章の終わり方は、神の裁きを受けて召されて幕切れというような感じがします。
第4番を書き終えた後、ブラームスはピアノ曲に作曲の比重を置いてたくさん書いています。もう交響曲を書く気はなかったのではないかなと思いました。交響曲よりも、自分の感情を素直に出せるピアノ曲や室内楽曲に力を注いでいったのではないかと思います」。
(Part 2 へ続く)
【特集】
・名誉音楽監督 チョン・ミョンフンが語る「ブラームス 交響曲の全て」・名誉音楽監督 チョン・ミョンフンとの「ブラームスの歩み」
・コンサートマスター 三浦章宏が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・コンサートマスター 近藤 薫が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・コンサートマスター 依田真宣が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・第2ヴァイオリン首席奏者 戸上眞里が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・第2ヴァイオリン首席奏者 藤村政芳が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・第2ヴァイオリン首席奏者 水鳥 路が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
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・クラリネット首席奏者 万行千秋が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・ファゴット奏者 井村裕美が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・マエストロチョン・ミョンフンとの「ブラームス 交響曲の全て」ホルン・セクションに話を聞きました。
・トランペット首席奏者 川田修一が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・トロンボーン首席奏者 五箇正明が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
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・ティンパニ奏者 岡部亮登が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・ティンパニ奏者 塩田拓郎が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
7月定期演奏会
7月1日[木]19:00開演(18:15開場)
東京オペラシティ コンサートホール
7月2日[金]19:00開演(18:15開場)
サントリーホール
7月4日[日]15:00開演(14:15開場)
Bunkamura オーチャードホール
指揮:チョン・ミョンフン
(東京フィル 名誉音楽監督)
― ブラームス交響曲の全て ―
ブラームス/交響曲第1番ブラームス/交響曲第2番
9月定期演奏会
9月16日[木]19:00開演(18:15開場)
東京オペラシティ コンサートホール
9月17日[金]19:00開演(18:15開場)
サントリーホール
9月19日[日]15:00開演(14:15開場)
Bunkamura オーチャードホール
指揮:チョン・ミョンフン
(東京フィル 名誉音楽監督)
― ブラームス 交響曲の全て ―
ブラームス/交響曲第3番ブラームス/交響曲第4番
主催:公益財団法人 東京フィルハーモニー交響楽団
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術創造活動活性化事業)| 独立行政法人日本芸術文化振興会
公益財団法人 ローム ミュージック ファンデーション(7/2,9/17公演)
公益財団法人 三菱UFJ信託芸術文化財団(7/2,9/17公演)
公益財団法人 花王 芸術・科学財団(7/2,9/17公演)
協力:Bunkamura(7/4,9/19公演)