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2021年8月31日(火)
――第4番第4楽章のフルートソロについて。
フルート首席奏者 斉藤和志 Ⓒ上野隆文
「第4番第4楽章は『パッサカリア』という昔の形式で書かれ、『E-F♯-G-A-A♯-B↑-B↓-E(ミ-ファ♯-ソ-ラ-ラ♯-シ↑-シ↓-ミ)』がずっと変奏されています。この『E-F♯-G-A-A♯-B↑-B↓-E』は基本的には暗い、いわゆる短調の音階ですが、曲中にはただ暗い情熱一辺倒ではなく、それぞれ例えば迷っているような、あるいは一瞬だけ光が差し込んでくるかのような淡い瞬間があり、曲に一層の深みと彩りを加えています。
第17変奏の97小節目のフルートの一大ソロの前【譜例1】、半音階で降りてきておりこの時点ではどこへたどり着くのかが不明、場合によっては明るい長調の世界にすらたどり着けるかもしれないと希望をいだかせつつ、しかしながら97小節目にはやはりパッサカリアの宿命のテーマに戻ってきます。まるで、『期待しても結局運命からは逃れられないのか?』という絶望のような瞬間です。
そして時計の針のように刻々と進むホルンと弦楽器の刻みのもと、フルートのソロは粛々と進み、ついに101小節目の頂点のFis(ファ♯)の音で溢れる思いが極まります。しかしそこで絶叫して終わるのではなく、まだまだ旋律は持続し深く沈み込んでいき、、、、ついにさきほどはいったんあきらめかけた、救いのような柔らかなE-Dur(ホ長調)に到達します。
なんというドラマなのでしょう!この役割をよくぞフルートに任せてくださった!とブラームス先生に世界中のフルート奏者が大感謝している箇所ですが、よーし、ここはフルート奏者の腕の見せ所……ではありません。ここを格好よく決めて『フルートソロが見事でしたネ』とは言われたくないというとへそ曲がりに聞こえるかもしれませんが、前述のとおり、あくまでこの交響曲においては全体の中の一部であり、突出した名人芸に聴こえては、曲全体の印象が安っぽくなってしまうのです。マエストロの指揮さばきの前ではもちろん心配する必要はないことではあるのですが」!
【譜例1】
第4番第4楽章フルートソロ
――ブラームスを演奏する上で気をつけていること。
「ブラームスにおいては楽曲の理解が肝であるとは言いましたが、楽曲分析の答えというのも楽器奏者として『魅せる』ものではないのが難しいところですね。単にここは長調だから明るい音で吹く、短調だから暗い音で吹くというのでは、平面的で形だけ整えたわざとらしい演奏に陥ってしまいます。
それぞれの音がどういう意味を持った音なのか、具体的に言えば、それがどの調性の、どの和音の、どのスケールの音なのか、それを理解した上で、なぜその音になったのか?というところまで想像することが大事で、もちろん正解は誰にも分かりませんが、すべてのパートの人が自然な自分の言葉での答えを持っていれば、それがたとえ正解でない、あるいは不統一であった場合でさえ、確信をもって全体の美を構成していくということができますし、それが交響曲を演奏する上での醍醐味ですね。
それはマエストロが長い間我々に言い続けてきた『音楽はすごい芸を見せるものではない。自然に近づくことなのだ』という哲学にも通ずるものだと思います。
ブラームスの交響曲は曲として大変魅力的であるため、それぞれ自分の楽器を良い音でそれなりに楽譜の指示通り鳴らしただけでもある程度盛り上がってしまうところがあります。改めてスコアを見ると、本当に圧巻ですね。レシピ通りに作ったら失敗しない料理のように、とりあえずミスなく演奏すればかっこよくなるに決まっているというほどの曲です。けれども、そこにばかり頼ることなくマエストロのもとでより深い内容に光を当てられる演奏ができたらと思っています」。
――9月定期演奏会への期待感。
「2019年2月定期でのマエストロとのマーラー第9番の演奏は忘れられません。長年マエストロが突き詰めてきた『自然に近づく』という境地に遂に到達したのだなと、第3楽章までの演奏で思っていたのですが、続く第4楽章アダージェットで、『これは見たことのない世界だ』と思わせるとんでもない瞬間がありました。『自然に近づく』、それすらも超えた我々が見たことのない領域にマエストロは辿り着きつつあるのではないかという感を抱いた強烈なコンサート体験でした。
自分たちもそれなりに積み重ねてきたものがあるはずですが、背中を追いかけても、またしてもとんでもない高みにマエストロがいるというのが見えるのではないか、歴史的瞬間に立ち会えるのではないかと今からわくわくしています。その瞬間を見逃さないように客席でもおおいに楽しみに聴いていただけたらと思います」。
2019年2月定期定期演奏会 マーラー/交響曲第9番 ©上野隆文
【特集】
・名誉音楽監督 チョン・ミョンフンが語る「ブラームス 交響曲の全て」・名誉音楽監督 チョン・ミョンフンとの「ブラームスの歩み」
・コンサートマスター 三浦章宏が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・コンサートマスター 近藤 薫が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・コンサートマスター 依田真宣が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・第2ヴァイオリン首席奏者 戸上眞里が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・第2ヴァイオリン首席奏者 藤村政芳が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・第2ヴァイオリン首席奏者 水鳥 路が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・ヴィオラ首席奏者 須田祥子が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・ヴィオラ首席奏者 須藤三千代が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・ヴィオラ首席奏者 髙平 純が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・チェロ首席奏者 金木博幸が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・チェロ首席奏者 服部 誠が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・チェロ首席奏者 渡邉辰紀が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・コントラバス首席奏者 片岡夢児が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・コントラバス首席奏者 黒木岩寿が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・フルート首席奏者 神田勇哉が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・オーボエ首席奏者 荒川文吉が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・オーボエ首席奏者 佐竹正史が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・クラリネット首席奏者 アレッサンドロ・ベヴェラリが語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・クラリネット首席奏者 万行千秋が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・ファゴット奏者 井村裕美が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・マエストロチョン・ミョンフンとの「ブラームス 交響曲の全て」ホルン・セクションに話を聞きました。
・トランペット首席奏者 川田修一が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・トロンボーン首席奏者 五箇正明が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・トロンボーン首席奏者 中西和泉が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・ティンパニ奏者 岡部亮登が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・ティンパニ奏者 塩田拓郎が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
7月定期演奏会
7月1日[木]19:00開演(18:15開場)
東京オペラシティ コンサートホール
7月2日[金]19:00開演(18:15開場)
サントリーホール
7月4日[日]15:00開演(14:15開場)
Bunkamura オーチャードホール
指揮:チョン・ミョンフン
(東京フィル 名誉音楽監督)
― ブラームス交響曲の全て ―
ブラームス/交響曲第1番ブラームス/交響曲第2番
9月定期演奏会
9月16日[木]19:00開演(18:15開場)
東京オペラシティ コンサートホール
9月17日[金]19:00開演(18:15開場)
サントリーホール
9月19日[日]15:00開演(14:15開場)
Bunkamura オーチャードホール
指揮:チョン・ミョンフン
(東京フィル 名誉音楽監督)
― ブラームス 交響曲の全て ―
ブラームス/交響曲第3番ブラームス/交響曲第4番
主催:公益財団法人 東京フィルハーモニー交響楽団
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術創造活動活性化事業)| 独立行政法人日本芸術文化振興会
公益財団法人 ローム ミュージック ファンデーション(7/2,9/17公演)
公益財団法人 三菱UFJ信託芸術文化財団(7/2,9/17公演)
公益財団法人 花王 芸術・科学財団(7/2,9/17公演)
協力:Bunkamura(7/4,9/19公演)