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2021年9月15日(水)
――ブラームスが残したもの
コンサートマスター 近藤 薫 Ⓒ上野隆文
「ブラームスは産業革命以降、社会が近代化していく中で生きていたけれど、音楽はちょっと中世みたいな響きがすることがあります。近代化していく社会に対して、『でも私はこう思う』という意思があるように感じます。
ブラームスには、ワーグナーという同じ世代の巨人がいたわけですけれど、それとまったく違う方向に行った。どちらかというとクラシック音楽の歴史は革新性と拡張性をもつワーグナーの方の路線で行くことになるんです。ワーグナーの音楽はとんでもないエネルギーを持っている。それをもちろんブラームスも聴いていて、どこかで時代がワーグナーの方に動いていくだろうということを感じていたのではないか。でも、ブラームスはワーグナー的な、周囲や後の時代に影響を与えたいというような流れとは、ちょっと違う。ブラームスにはブラームスの到達点があった。ワーグナーとはまた違った、社会との関係性を見出していた人だと思います。
現代の私たちの社会は、過去にいくつもあった価値観を多様に受け止めて良いのです。ブラームスにしても、ワーグナーにしても。私たちは、音楽という色褪せない芸術を人類の共通の宝として持っているわけです。現代でそれが演奏されるということはとても重要なことで、ちょっと話が大きくなりますが、今の世の中が、……なんていうのか……多様性みたいなことを真剣に考えなくちゃいけない時代にきていると感じます。
音楽で伝わるものは具体的な何かというよりは、多様とは、命とは、愛とは、というような言葉で説明しづらいものの全体的な本質です。これは音楽の面白いところだと思いますが、その瞬間には届いたことに気づかない人もいると思うんです。家に帰った後に、何かこう『スッと落ちる』とか、半年後くらいにその人の行動に影響があるものだと思っています。
もちろん、その場で、演奏に対して拍手をいただいて、というのも一つの音楽による投げかけとその答えとしてのコミュニケーションがあるのですが、もう少し大きなサイクルでの音楽上のコミュニケーションというのは、もっと何十年というサイクルかもしれないし、社会からみたら何百年というものかもしれない。そういうものは途絶えさせてはいけないと思います。
コロナのパンデミックが始まった昨年、『音楽を止めてはいけない』ということを申し上げました。今後起こりうるであろう、また、世界のいろいろなところで既に起きている分断は、良し悪しは別にしても相互の考え方や言葉を理解できない、あるいは無関心であるところから始まっていると思います。今後、無関心なまま続けるか……つまり分断をよしとするか、あるいはもう一度理解しようとする……つまり多様性を認めるということ……をするにあたって、音楽はものすごく役に立つと思います。だから音楽を止めてはいけないのです。
私は6月に出した著書の中にブラームスのことを書いたエッセイを入れているのですが、その項目を引用してみます」。
自由、しかし喜び
ドイツの作曲家ブラームスは「自由、しかし喜び」という不思議な言葉を残した。「自由で喜ばしい」ならばわかりやすいのだけれど、自由と喜びが逆接で結ばれている。言葉の奥深さに、何か惹かれる。
(中略)
ブラームスは少々ややこしい人だったかもしれない。ずっと人妻クララ(シューマンの奥さん!)に恋をしていたし、ベートーヴェンの偉大な交響曲群を意識しすぎて、交響曲第1番を作るのに二十年ぐらい費やした。
世の中が新しい価値観を求め、音楽界でも新しい作曲法がもてはやされる中、彼は前時代のフォーマットにあえて固執した。時には前時代どころか、さらに二百年以上も前の様式を引用することもあった。
そんなブラームスには、自身のスタイルが時代に沿っていないという自覚があった。しかし、一つの生き様として、自由意志として、フォーマットに縛られるということを選び、貫いた。
しかしそれは、時代から取り残されるという孤独を意味していた。ブラームスにとっての自由は、孤独とイコールだった。しかしそこにあるのはニヒリズムではなく、過去を含めた世界に対する深い愛情だった。自然を、ベートーヴェンやシューマンら先人の音楽を、そしてクララを愛する喜び。それこそが、彼の生きる証だったのだ。
誰一人欠けてはならなかった、「自由、しかし喜び」。ブラームスの人生そのものが、一つの作品だった。
(近藤薫『金のオタマジャクシ、そして感性の対話 ―世界に音楽が必要な理由―』
(花乱社)より)
【特集】
・名誉音楽監督 チョン・ミョンフンが語る「ブラームス 交響曲の全て」・名誉音楽監督 チョン・ミョンフンとの「ブラームスの歩み」
・コンサートマスター 三浦章宏が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・コンサートマスター 依田真宣が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・第2ヴァイオリン首席奏者 戸上眞里が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・第2ヴァイオリン首席奏者 藤村政芳が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・第2ヴァイオリン首席奏者 水鳥 路が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・ヴィオラ首席奏者 須田祥子が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・ヴィオラ首席奏者 須藤三千代が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・ヴィオラ首席奏者 髙平 純が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・チェロ首席奏者 金木博幸が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・チェロ首席奏者 服部 誠が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・チェロ首席奏者 渡邉辰紀が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・コントラバス首席奏者 片岡夢児が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・コントラバス首席奏者 黒木岩寿が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・フルート首席奏者 神田勇哉が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・フルート首席奏者 斉藤和志が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・オーボエ首席奏者 荒川文吉が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・オーボエ首席奏者 佐竹正史が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・クラリネット首席奏者 アレッサンドロ・ベヴェラリが語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・クラリネット首席奏者 万行千秋が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・ファゴット奏者 井村裕美が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・マエストロチョン・ミョンフンとの「ブラームス 交響曲の全て」ホルン・セクションに話を聞きました。
・トランペット首席奏者 川田修一が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・トロンボーン首席奏者 五箇正明が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・トロンボーン首席奏者 中西和泉が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・ティンパニ奏者 岡部亮登が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
・ティンパニ奏者 塩田拓郎が語る チョン・ミョンフン指揮「ブラームス 交響曲の全て」
7月定期演奏会
7月1日[木]19:00開演(18:15開場)
東京オペラシティ コンサートホール
7月2日[金]19:00開演(18:15開場)
サントリーホール
7月4日[日]15:00開演(14:15開場)
Bunkamura オーチャードホール
指揮:チョン・ミョンフン
(東京フィル 名誉音楽監督)
― ブラームス交響曲の全て ―
ブラームス/交響曲第1番ブラームス/交響曲第2番
9月定期演奏会
9月16日[木]19:00開演(18:15開場)
東京オペラシティ コンサートホール
9月17日[金]19:00開演(18:15開場)
サントリーホール
9月19日[日]15:00開演(14:15開場)
Bunkamura オーチャードホール
指揮:チョン・ミョンフン
(東京フィル 名誉音楽監督)
― ブラームス 交響曲の全て ―
ブラームス/交響曲第3番ブラームス/交響曲第4番
主催:公益財団法人 東京フィルハーモニー交響楽団
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術創造活動活性化事業)| 独立行政法人日本芸術文化振興会
公益財団法人 ローム ミュージック ファンデーション(7/2,9/17公演)
公益財団法人 三菱UFJ信託芸術文化財団(7/2,9/17公演)
公益財団法人 花王 芸術・科学財団(7/2,9/17公演)
協力:Bunkamura(7/4,9/19公演)